第33話 俺ら完全に忘れ去られてね





「今だ!!」


 刹那――エメラルドラビットは消え、空中から小さなキラキラした石が降ってきた。


〈コメント欄〉

“ん?”

“は?”

“え?”

“今日の天気は宝石です”

“???”

ぬこぬこぱんだ:“魔道具のバグを使ったのかな?”


「ぬこぬこぱんださん御名答です、転移の指輪についてはみなさんご存知でしょうか? これは念じた場所へ所有者を転移させるという性能のものです」


 自分で言っておいてなんだが、中々バグってるんだよな、これの性能。

 ダンジョン外へは転移できないのと、発動まで時間がかかるという制限はあるもののやはり転移というのは強い。


“知っとる”

“チート性能”

“売ったら多分、数千万するよ”

“ナニソレ”


「そして、身に付ける系の魔道具は発動してからすぐに所有者の手元から離れるとバグって変な事が起きます」


「確か魔道具が別のものに触れた瞬間に能力が発動する……そういうこと」


〈コメント欄〉

“だからどういうこと?”

“わからんわからん”

“なんで宝石が上から降ってくるんだよ!”

“そうだったのか(わかってない)”

ぬこぬこぱんだ:“それを使ってウサギさんを無理矢理、どこかに転移させたんじゃないかな?”


 このぬこぬこぱんだという人、中々冴えてるな。

 このタイプの魔道具は特殊なエネルギーを使用者から吸わなければ発動しない……そのため、発動してからすぐに手放せばエネルギーは吸収されず、発動しなくなる。

 だが、その後すぐに触れば再びエネルギーの吸収が始まり、効果が発動するのだ。


 それを利用することでウサギは空中へ転移させられた。


 それからは簡単だ。


 あの指輪を使って転移をした後には転移酔い、という症状が出る。

 転移酔い中は視界が歪んだり、耳鳴りがしたりと散々なデバフが付与されるためそこを斬るだけだ。

 どんなに凄い回避能力を持っていたとしても空中で、それも転移酔い中であれば攻撃は躱せない。


 俺はそれを視聴者らに説明した。


〈コメント欄 同接:27000人〉

“すげええええ”

“面白えええええ”

“爆発する魔道具を投げれば一瞬で殺せる……”

“コレ、色んなことに活用できるな”

“現中層探索者です。今、新しい技を思いつきました!試してきます”


 どうだ!、と思い俺はリノの方をチラッと見てみる。

 が――


「面白い……けど、エメラルドラビットのために1日2回しか使えない魔道具を、無駄にしないで。」


「うぐっ……」


 ですよね。

 一撃必殺にはちょうどいいけど、流石に勿体なさすぎるか……。


 これって不合格?

 冷や汗が背中を伝う。


「お願いです! 頼むから配信させてください、頑張るので、ゴブリンならいくらでも倒すので!」


 俺は顔の前に手を合わせて跪く。


〈コメント欄〉

“必死w”

“草”

“配信に命でも賭けてんのか?”

“でも、俺も配信がここで終わるのは嫌かも”

“確かに”


 俺はリノの顔を見上げると、彼女はきょとんとした顔をしていた。


「ななせんは知らないかもだけどエメラルドラビットは討伐方法が確定してない希少モンスター。魔法系攻撃は無効化、剣で切ろうとすれば転移、範囲攻撃系の素質を使ったら何故かその場から消えちゃう……私も手負いなのを一回、倒したことあるだけ」


「はい?」


 え、ナニソレ。

 そんなチート能力持ってたの?、あのモンスター。

 つまり――


「それを初見で倒したななせんは確実に合格。あの指輪を使う発想なんて私にもなかった……正直、傷一つ付けられれば御の字だと思ってた」


「よっしゃああぁ!!」


 俺は思わずガッツポーズをとってしまう。

 やるじゃないか、俺。これでこれからもこの配信を続けられる。


「ななせん、ドロップアイテム見てみて」


「え?」


 そうだ、それだけ手強いモンスターを倒したのだからドロップアイテムを拾わなきゃ。

 俺は地面に小さな宝石が転がっていることに気づいた。

 俺はそれを手に取る。


「これって……?」


 それは青色の宝石……のついたイヤリングだった。

 雪の結晶がモチーフとなっており、その中心に宝石が埋め込まれていた。


 なんかこの宝石、転移の指輪についている宝石に似てるんだよな……。


「リノさん、この宝石が何かわかりますか」


「……転移、転移の宝石。転移の指輪についてるのと同じやつ。偶にエメラルドラビットからドロップする。イヤリングになってるタイプは初めてみたかも」


 へえ……でも、このイヤリング、女性向けなデザインなんだよな。

 それに俺はもう、転移の指輪を持ってるし……。


「このイヤリング、リノさんに差し上げましょうか? 俺はもう指輪を持っているし、デザイン的に俺には合わないと思うので」


 雪の結晶は氷の素質を持つリノにイメージ的にピッタリだ。


「それはななせんに悪い。私は……一人で探索してるからドロップアイテムはたくさん持ってるし」


「でも、転移系の魔道具は持ってないんですよね?」


「……そう、だけど……」


 躊躇っているのだろうか。


 それかそこまで親しくもない相手からプレゼントをもらっても嬉しくないとか?

 一応、共に下層を攻略しようと誓った仲なのだ。


 それに今は配信中だから言えないが、昨日、ぬいぐるみをプレゼントされたからそのお返しとしても渡したかった。


「貰ってください。売るにしてもこれは俺の手に余ります。……それに、これはリノさんがつけるべきものだと、なんとなく思うんですよ」


「……そんなに言うなら貰う。いつか絶対お返しするから、絶対に」


 別にお返しがなくたっていいんだけどな……そう思いながら俺はイヤリングをリノに渡す。

 すると、イヤリングを見つめてリノが呟く。


「……ありがとう。嬉しい。ずっと大事にする」


 彼女は俺の目を見ながら消えてしまいそうな笑顔でそう言った。

 満面の笑顔ではない……だが、何故かその表情に目を奪われる。


「折角だから今、着けてもいい……?」


「う、うん」


 俺は自分が見惚れてしまっていたことに気づき、急いで返事をする。


 彼女はイヤリングのクリップを開き、丁寧に片耳ずつイヤリングをつけていく。

 その間、俺とリノは両方とも喋ることなく、沈黙の時間が続く。

 でも、別にそれが気まずくは感じなかった。


「どう、かな?」


 リノが顔を上げる。

 ああ、やっぱり似合ってる。


 リノの銀色の髪とも、整った容姿とも、そして彼女の戦闘スタイルとも全てが合っている。


「似合ってるよ」


 いつの間にそう、口にしていた。
















〈コメント欄 同接:30000人〉

“俺ら完全に忘れ去られてね”

“所詮、俺らは画面越しの傍観者なんだ……大人しく見守ろう”

“七リノてえてえええええええええええ”

“誰かこの空気を破壊しろおおおおおお”

“あれ、俺、コーヒー飲んでたはずなのにガムシロップの味がする、おかしいなブラックのはずなのに”

“でもこれはこれでいいかも”

“新しいモノに目覚めちゃってるやついて草……確かにいいかも”

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る