第32話 ちなみに私の判断次第で配信はやめてもらう





「大体、説明し終えた……行こう」


 ゴブリンに関する説明をおおかた受けた後、俺たちは下層へ出発する。


 だが、早速、下層へつながる大きな扉が俺たちの間には立ちはだかっていた。

 すると、リノは扉の前に立ち近くに置いてあった端末に探索者証をかざす。


「探索希望……同行者制度の使用を希望」


『ピピッ……探索権限の所持を確認。同行者の探索者証をかざしてください』


 端末からは機械音声が流れ、俺は促されたままに探索者証をかざす。


『最低条件を満たしていることを確認。全ての探索者に光あれ』


 ――ギギギ

 巨大な扉は擦れ音を立てながら徐々に開いていく。

 扉の隙間からは光が漏れ、俺たちを照らす。


「眩しっ!」


 扉が完全に開いた後、俺たちの前に広がっていたのは――


 広大な草原と森だった。


「ここが……ダンジョンの中?」


 風が頬を撫で、空からは鳥の鳴き声が聞こえる。

 そして、空には幾らかの雲と燦々と輝く太陽が浮かんでいる。


 俺は草原に足を踏み入れてみると、懐かしい草の感触がした。


「奥多摩ダンジョンの下層は珍しい草原と森の組み合わさったフィールド。草原にはウサギとかスライム系の弱いモンスターが、森の中にはゴブリンや蝙蝠系のモンスターが、居る」


〈コメント欄 同接:25000人〉

“草原?!森?!”

“マジかよ”

“これがダンジョンの中なんて信じられんわ”

“ここで一生住める自信ある”

“これ実は本当の草原で配信してるっていうパターンはないよね?”

“ゴブリンたち俺よりいい生活してて泣いた”


「奥多摩ダンジョン下層が草原と森のフィールドであることを、噂で知っていても実際に見てみないと、信じられない人が多い……確かにいい景色」


 リノがコメント欄を見ながら解説をしてくれる。

 俺はあまり知識が豊富ではないからこういうのをしてくれて本当に助かる。


 にしても本当に住めそうな居心地だな。


「でも、このダンジョンの太陽と空は全て偽物。幻覚の術を天井に貼ってるだけ」


「流石にそうか……それじゃあ、この森や吹いてくる風は?」


「不思議なダンジョン技術で作られてる。太陽も光自体はダンジョン技術で。私は専門家じゃないから詳しくは、わからないけど」


 俺は両手を広げて風を浴びる。

 ふぅ……ダンジョンで作られたとはいえ、気持ちがリフレッシュされる。


「ななせん、あんまりゆっくりしてるとすぐに時間が過ぎちゃう……もうそろそろ探索に入ろう」


「おっと……すみません、あまりにも新鮮な景色だったもので」


“おいw”

“お前はしっかりしとけよ”

“リノってマジ意味わからん奴だと思ってたけど結構、喋るんだな”

“それな。なんか意外といい奴”

“草”


 どうやら少し、リノに対する風当たりが良くなったようだ。

 リノはそんなことも露知らず、「まず……」と話し始める。


「ななせんにはゴブリンたちと実践してもらいたい。ななせんの実力は大体わかってるけどゴブリン相手にどれくらい戦えるか知りたい……その後、これからのことは考えようと思う」


「了解です」


「ちなみに私の判断次第で配信はやめてもらう」


「マジですか……」


 まあ、自分のことすら守れないのに配信なんておかしすぎるか。

 期待して見てくれている視聴者のためにもリノに認めてもらえるように頑張らないと。


 それから俺たちはしばらく歩き、草原の真ん中ら辺まで進む。


「じゃあ、まず草原にいる動物系のモンスターからやってみよう」


「ゴブリンじゃないんですね」


 てっきり、リノはゴブリンをことを警戒しているからゴブリンで実践させるのかと思った。


「うん、ゴブリンは仲間が倒されたら警戒するから本格的に倒す時まで近づかない……あそこにいるのを倒してみて」


 リノが指差した先にいたのは宝石の角を持ったウサギ……ジュエルラビットだ。

 中層にもいる為、倒し慣れている。

 これは都合がいいな。


 俺は後ろから近づく。

 ウサギが俺の接敵に気付いて逃げようとした頃には俺の剣は首元に迫っていた。


「よしっ……って、あれ?」


 剣は空を斬り、思わずバランスを崩す。

 そしてジュエルラビットは平気な顔をしながらちょこんと座っていた。


 あれ……? 流石に倒したと思ったのだが空ぶった?


「こいつはただのジュエルラビットじゃない……エメラルドラビット。短い距離だけど即時起動の転移ができる」


「ええ……」


 なんだそれ、俺の〈加速〉よりも回避性能高いじゃないか。

 エメラルドラビット……モンスターの種類についてはかなり勉強しているのだが、そんな名前のモンスターは聞いたことも見たこともない。


「エメラルドラビットはユニークモンスターじゃないけど二つのダンジョンにしか発生しない珍しいモンスター。知恵を絞ってどうにかして倒してみて」


〈コメント欄 同接:25000人〉

“奥多摩ダンジョンどんだけ珍しいモンスターが居るんだよ”

“環境が特殊すぎるw”

“そりゃあ、探索者も減るわな”

“今、調べてきたけどエメラルドラビットって作り話だと思われてるレベルで珍しいらしい”

“頑張れ七瀬”


 これがリノからの課題か……。

 どうしよう、それなら〈加速〉で転移する間もなく一瞬で倒すか?

 だが、それだと知恵を絞るという課題の目的が達成できない気がする。


 即時転移……そんな能力があるのならインターバルや転移距離などの制限があるはずだ。インターバルが長い可能性を踏まえてもう一回、斬りつけてみる。


「キュイ?」


 またしても避けられた。

 それならもう一回――


「キュイイ?」


 無理でした。

 インターバルはほとんど無さそうだ。


 エメラルドラビットは俺のことなんて興味なさげにそっぽを向く。


 3回試して気付いたがエメラルドラビットは数センチ先にしか転移できないように感じた。

 だったら範囲攻撃の技を使える素質を持っていれば楽勝だったのだが、俺は生憎、そんなもの持っていない。


「さて、どうしたもんかな……」


 もう加速を使ってしまうか?

 そうやって諦めかけた時だった。


 俺は少し前のことを思い出す。


「そうか、あれを使えば――」


 俺は身につけていた転移の指輪を外して左手に持ち、右手で剣を構える。


「転移」


 指輪の力を発動しながら指輪をエメラルドラビットの数センチ前方に投げる。

 この指輪は力を発動してから数秒、触れてないければ不発に終わるのだ。


 俺はエメラルドラビットに向けて剣を振るう。


「キュイイ!!」


 剣が届きそうになった瞬間、エメラルドラビットの位置がズレる。

 だが、奴が転移した場所の上からは俺の投げた指輪が落ちてきて――


「今だ!!」


 刹那――エメラルドラビットは消え、空中から小さなキラキラした石が降ってきた。




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