第31話 は、初め、まして






 ――ブゥゥゥゥン


 ダンジョンの下層の入り口で配信用に俺は新しく買ったドローン型カメラを飛ばす。


 少し前にリノには本当に下層で配信するのか訊かれた。

 彼女曰く、下層で配信する人は極めて少なく、奥多摩で下層の配信をしていたのは知る限りで一人しか居らず、その者も事故で亡くなったんだとか。


 そのため、今、奥多摩でダンチューバー活動をしているのは居ないらしい。

 理由は二つある。

 一つ目はモンスターが強くなっているため、配信のことを考えながら戦闘なんて出来ないと言うこと。

 配信なんて相手が圧倒的格下でなければ出来ないと考える者も多いらしい。


 二つ目は下層では自動送還システムが弱まっているといいこと。

 自動送還システムはダンジョンの深部であればあるほど効力が弱くなる。

 下層だと送還されても損傷度合いによっては腕が折れたままだったりする場合もあり得るらしい。


 俺は考えに考えた末、結局、配信をすることを決めた。

 難しいことはわかっている。だが、この過酷なダンジョンで戦う様子を見たいと思っている人がいるならばその願いにできるだけ応えたい。


 というわけで俺は今日もダンジョン配信過酷なエンターテイメントを始める。


「あーあー、こんにちは。ダンチューバーの七瀬です。前々から告知してた通り今日は下層の探索をやっていこうと思います!」


〈コメント欄 同接:15000人〉

“うぉぉおおおおお!”

“来たぜええ”

“あぶねえ、間に合った”

“歴史的配信になると信じてるぜ”

“一人? 多分、規則的に下層探索者と一緒だよね?”

“ドラゴン倒した七瀬なら深層まで行けんじゃね?”


 コメントが勢いよく流れてくる。

 同接は過去にない勢いで増えていき、配信を開始したばかりなのにもう、15000人を超えた。


「ふぅ……」


 気を落ち着けるためにペットボトルに入った水を一口飲む。

 そして、隣にチラッと目配せして口を開いた。


「気づいている方もいるかも知れませんが、俺はまだ、下層探索の許可証を持っていません……なので今日はある下層探索者様の同行者として下層に潜らせてもらいます」


「んん……は、初め、まして……リノです。下層探索者、として、ななせん……七瀬君を、サポートさせて、いただきます」


 どうやら、相当リノは緊張しているようだ。

 彼女は緊張している時や恥ずかしがっている時は息継ぎする回数が増えることに俺は最近気がついた。


“おお?!”

“マジか”

“恩人様やん”

“下層探索者ってこの人のことか”

“いつかきて欲しいと思ってたけど、キタァァァァァ!!”

“この人呼んで大丈夫?報道されてた人じゃ……”

“リノと仲良くなってたか……”


 コメント欄は批判的なのが2割ほどいる感じか。

 前に異常現象の時、リノには助けてもらったので知っている人の方が多い。

 だが、リノには冤罪事件云々の噂がまだあり、よくなく思っている人が少し存在するのは仕方がないことだろう。


「てなわけでリノさん、今日はよろしくお願いしますね」


「ん、よろしく」


 俺たちは挨拶をし合う。

 人と一緒に配信するなんて生まれて初めてだからどうにも勝手がわからなくてぎこちなくなってしまう。

 どうにかして空気を和らげられたらな……。


「今日は下層1層から少しずつ慣らしていく感じでいいんですよね」


「うん……七瀬君の動きが良ければ2層、3層と順調に進めるかも。私は七瀬君の実力が高いことは知っている……けれど下層のモンスターを相手にするのは普段とは別の知識や能力が必要になるからそこら辺を今日、身につけていこう」


 おお、少し慣れてきたのか緊張がほぐれて普段より流暢に話せている。

 俺は自分の装備を見渡し、声をかける。


「了解です、もう俺は準備万端ですがリノさんはどうですか?」


「私は大丈夫……そうだ、これ」


 そうして手渡されたのは赤色の粉が入った小瓶だった。


「これは?」


「魔寄せの粉だよ」


 え?

 魔寄せの粉って……人が触れると魔物が寄ってくる匂いを放つあの魔寄せの石を砕いたものだよな?


〈コメント欄 同接:18000人〉

“なにそれ”

“その名の通り、モンスターを引き寄せる匂いがする”

“どういうこと?”

“それって普通にやばいものだろ”

“自爆特攻でもさせるのか……?”


「それとこれ」


 次に手渡されたのは黄色の粉が入った小瓶だった。


 これは見たことがある。

 魔除けの粉だ。


“どゆこと?”

“これは魔除けの粉だね”

“意味不”

“やっぱ、やばい人じゃね?”

“下層の人は頭ぶっ飛んでるからなぁ”

“魔寄せの粉と魔除けの粉……爆発でもするの?”


「リノさん、これでなにをするんですか?」


 俺も二つの粉を渡された意味がわからず、リノに聞く。

 すると、リノは「昔……」と前ぶりをして話し始めた。


「私の友達の女の子は、凄い優秀で探索者になって2年で、ソロの下層探索者になった」


 普通の探索者は才能がある者でも下層に行けるようになるのは最低3年かかると言われている。

 それがソロで2年とは相当優秀だったのだろう。


「でも、奥多摩のダンジョン下層1層に潜ったきり、音信不通になった……下層1層のモンスターはゴブリン」


 その言葉で俺だけでなく、この配信を見ていたコメント欄の人たちもなんとも言えない気持ちになっただろう。

 ゴブリンに捕まった者がどんな結末を辿るのかなんて誰でも知っている。


「つまり、どんなに強くても数の暴力とたくさんの知恵には負ける。ゴブリンたちは人間よりも凄く馬鹿だけど学習能力を持っている……つまり奴らを殺し損ねれば損ねるほどしぶとくなるってこと」


「確かにそれは厄介ですね……じゃあ、この二つの粉は?」


「魔寄せの粉も魔除けの粉も匂いによって魔物を寄せ付けたり、遠ざけたりする……この二つを併用すれば私たちの匂いを消すことができる。ゴブリンは人間の匂いを覚えてるからこうした方がいい」


「そうなのか……」


 それほどまでにゴブリンって厄介なのか。


“ゴブリンくらいすぐやっつけられるだろ”

“初耳だけど必要なのか?”

“知らないかもだけどゴブリンって本当に悪知恵が働くんだぜ? 俺は将来有望なダンチューバーが奴らに殺されていくのを何回も見たことあるからこの警戒の仕方は妥当だと思う”

“一回倒したことあるけどマジで弱えぞ、ゴブリンって”

“まあ、警戒するのは悪いことじゃないし……”

“普通に魔除けの粉使えばいいじゃん”


 驚きだが、案外、ゴブリンを舐めている人の方が多いみたいだ。

 まあ、俺も何回も倒しているから強いと思ったことはないのだが……。


 すると、リノがコメント欄に答えていく。


「魔除けの粉は知能が少しでもあるモンスターには全く効かない。モンスターが嫌う匂いがしたら逆に警戒されて気づかれる……だから下層からは全く使われない」


「へえ……」


 流石、下層探索者。

 知識量が半端ないな。

 すると、リノが何かに気がついたような表情をし、俺の視聴者に話しかける。


「あと、ななせんの視聴者さんに一応言っておく……グロいの無理なら見ない方がいい、自動モザイクは少しラグがあるから」


「へ?」


 どういうことだ?

 ダンジョン探索系配信にはグロ防止で自動モザイク機能がある。

 だが、モンスターは倒しても光の粉になって消えるから大体の場合、心配は無用じゃないのか?


「どうしてって顔してるから、答えておく……偶にゴブリン系ダンジョンだと偶に生きるか死ぬかの境目の人が転がってることがあるから」


 確かに、それは配信する上で気にしないといけないな。

 失念していた。

 でも……


「なあ、さっきから心配しすぎじゃないのか? ゴブリンが相手じゃなくてもここまでは気を使わないと思うんだけど」


ゴブリンだから。ここのゴブリンにはユニークモンスターがいる」


 ユニークモンスター。

 そのダンジョンでしか出現しないモンスターのことをそう言う。


「え?」


〈コメント欄 同接:20000人〉

藤堂章〔火龍の鉤爪〕:“リノ、お前、下層の情報漏らしすぎだ”

“ユニークモンスター?”

“知らんのやが、そんなの”

“え?”

“藤堂?”

“本物?!”

“情報漏らしすぎらしいですよ”

“確かに”

“下層の情報って結構、高値で売れたりしなかったっけ?”

“下層になってくると配信する人、全然いないからね”

“まあ、死ねばワンチャン後遺症残るし”

“ダンジョンの情報扱ってる仕事なんだけどこの配信見て上司が発狂してた(モットヤレ)”



 俺がリノの話に夢中になっていて気が付かなかったが、いつの間にかコメント欄が騒がしくなっていた。

 藤堂とうどうあきら――どこかで聞いたことがあるような……。


「火竜の鉤爪……ああ、思い出した。あの新宿の下層パーティか!」


 昔、三宅が興奮した様子でこのパーティに関する何かを話していた気がする。

 その下層パーティが何故、忠告に?


 すると、俺がコメント欄を見ていることに気づき、リノは俺のスマホを覗いてくる。


「東堂……久しぶり。私はただ、後輩に下層一層の基礎知識を教えてるだけ」


 久しぶりということは知り合いなのか?

 下層探索者なのだからおかしい話ではないか。


〈コメント欄〉

藤堂章:“配信する必要ねえだろ、はよそいつに切らせろ”

“なにこいつ”

“俺らの楽しみ奪いにきたん?”

“てか、本当に本人?”

“アカウントに何にも投稿してねえから判断できねえわ”


 おっと? かなりコメント欄が荒れてきたな。


 藤堂章……忠告を聞いた方が良いのだろうか?

 けど、本物かどうかわからないし、何より告知までしたのに配信を中止するのは気が引けた。


 俺が悩んでいるとリノが視聴者に向けて話し始める。


「奥多摩の下層1層のモンスター情報は、政府が公開してる。さらに細かい内容も数百円で買える……それぐらいここは人気がなくて政府もモンスターを間引いてくれる人を欲してる」


 それについては俺も確認した……が。


「政府が出してる情報は見たよ。けど、ゴブリン多数としか書かれてなかったはず」


「そのサイトじゃないよ。下層探索者以上だけが使える特別サイトがあるの。これから話す内容はそこでいくらでも閲覧可能」


そんなのがあったのか。

下層探索者になったら使ってみよう。


「そもそも、あまりにもゴブリンに関する誤った認識が広まっているみたいだからこれからこのダンジョンに潜る人に向けてゴブリンがいかに危険かを教えた方がいいでしょ? つまり私がしてるのは人助け」


〈コメント欄 同接:22000人〉

藤堂章:“どうなっても知らね”

“なんなんだよ……”

“荒らし?”

“よくわからん”

“下層探索者が自由に情報見れるならいいじゃん”


「ま、まあ、とりあえず配信は続けても大丈夫なんですよね? なら切り替えて再開しましょう。それでここのユニークモンスターっていうのはどんな奴なんですか?」


「ん……ユニークモンスターは二体、一体目はゴブリンウィザード……魔法っぽいものを使ってくるゴブリンのこと。二体目はゴブリンリッチ」


「リッチ?」


「うん、本来リッチは深層にしか居ない人間より遥かに高度な知能を持った魔法使いのモンスターのこと……ゴブリンリッチはその下位互換だけど普通の大人よりも頭が良くて機転が利く。その上、ゴブリンたちを指揮しながらも炎や氷を操って邪魔してくる」


 もう、なんでもありじゃないか。

 実質、対人戦をするようなものだ。


「これでも1層なんですよね……」


「うん、でもななせんならきっと乗り越えられる」


 そう言ったリノの目はどこまでも真っ直ぐだった。


“そういえばリノはずっと七瀬のことななせんって呼ぶよな”

“なんか既視感ある”

“異常現象の時からやな”

“美少女にあだ名で呼ばれたかった人生でした……”

“草”


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