第30話 世の中そんなに簡単に出来てないからな




「この後、どうしようか……」


 俺の防具を買い終わって時計が16時を回った頃。

 このまま解散するのも、ご飯を食べて帰るのも中途半端な時間だ。


「喫茶店に戻っても、いいよ?」


「それもいいんだけど折角ならリノとどこかに遊びに行ってみたいんだよね」


 俺がそういうとリノがわからないといった様子で首を傾げる。


「これは、遊びに行ってるのと違うの?」


 ああ、さてはリノは友達とほとんど遊びに行こうとしないタイプの人だな。

 俺は彼女の一言から全てを察してしまった。


「う、う〜ん。これはどっちかっていうと仕事というか、なんというか……こう、遊びってカラオケ行ったり映画行ったり、遊園地行ったりじゃない?」


「どれも行ったことない、かも」


 明らかに気を落とした様子でリノが肩を落とす。


「ちょっと、ちょっと……! そんなに落ち込まなくていいから、なんなら今から行こうよ」


「本当……?!」


 リノは顔をあげ、目をキラキラとさせる。

 そんなに遊びに誘われたことがなかったのか……?


 いや、リノのことだから意外と遊びには誘われているんじゃ?

 リノは下層探索者だし、忙しくて誘われても断ることの方が多いのか。


『忙しい』という言葉を使って断れば断るほど誘われなくなるのは俺も経験したことがあることだ……辛かったな。


「本当だよ。どこか行きたい場所はあるか?」


「えっと、ゲームセンター……いいかな?」


 そう言って彼女は近くのゲームセンターの看板を指差した。


 ゲーセンか……。

 懐かしいが俺も久しぶりに行ってみたい気分だったのも確かだ。


「もちろん。ちょうど、久しぶりに行ってみたかったんだ」


「うん……!」


 そうして俺らは店の中に入った。


 ……

 …………

 ………………


 店の中からはジャラジャラと様々なゲームの効果音が聞こえ、入るだけでゲーセンで遊んでいた中高生の頃を思い出す。

 俺の家はごく普通の家庭であり、学校からの帰り道に友達とゲーセンに寄ってクレーンゲームや音ゲーをよくやっていた。


 数年前のことなのに大昔のことのように感じるなぁ……。


「これ、ここにお金入れればいいの?」


 リノはいつの間にかに某アニメの黄色いネズミのぬいぐるみが置いてあるクレーンゲームの近くにいた。


「そうそう、200円ね。知ってるかもだけど100円玉しか使えないから」


「……こう?」


 リノは財布から取り出した百円玉2枚を投入すると、アームが青色に点灯する。

 ぬいぐるみは二つ置いてあり、片方は穴に近いところに置いてあり、4、5回試せば取れそうだ。


 リノは早速、穴に近いぬいぐるみに目をつけ、慎重に狙いをつける。


 ――ウィィィィン


 アームはぬいぐるみの首のした辺りを掴む。

 そして徐々に持ち上がっていく。


「よし……!」


 リノは取れたと確信したのか、小さく喜びの声を漏らす。

 果たして本当に取れるだろうか?


 ――ボトっ


 案の定、ぬいぐるみは穴に届くギリギリのところでボトリとアームから滑り落ちた。

 そのままバウンドして元よりも穴に遠い位置に動いてしまう。


「そんな……」


 リノはちょこんと地面に座り込む。


「まあ、世の中そんなに簡単に出来てないからな」


 初心者に1発で景品を取られるクレーンゲームがあったならその店は毎日大損だろうし。


「やってみてもいいか? 昔、ゲーセンはよく行ってたからもしかしたら取れるかもしれないから」


 俺は地面に座り込んでいるリノに1つの提案を投げかけてみた。

 とは言っても物凄く上手いという訳でもないんだがな。


 でも、彼女からの返答は予想外だった。


「ううん、まだやらせて欲しい」


「え?」


「人に頼らないで取りたいの……」


 リノは立ち上がり、またお金を投入する。


 なんというか、流石ソロで下層探索者になっただけあるな。

 凄い根気だ。


 にしてもそんなに欲しいのか、このぬいぐるみ。


 ――ウィィィン


 今度はアームがぬいぐるみの頭を撫でるだけで終わった。


 ――ウィィィン


 その次はなんとかぬいぐるみの下半身を掴むことが出来たものの穴に少し近づいた後に落下した。


「このアーム、弱い……もっとちゃんと掴んで欲しい」


 リノが珍しく愚痴を零す。


「そりゃあクレーンゲームだからな……横からアームの位置を確認してみたらどうだ? 意外と変わるかもしれないぞ?」


 俺は正面からしか位置を確認しないリノに助言をしてみる。

 横からも見れば縦横両方の位置が正確に調整できるからさっきみたいに頭を撫でるだけになったり、下半身を掴むことになったりはしないだろう。


「わかった」


 リノは頷き、またお金を投入する。


 ――ウィィィン


 再び、アームは動き始めた。


 リノは慎重にアームを動かすスティックを操作する。

 先程よりもぬいぐるみは確実に穴に近づいているため最初の二の舞いにならないように気をつけているようだ。


「横から……」


 リノはクレーンゲームのショーケースに顔をベッタリと近づけて横の位置を確認する。

 正面から見るとリノの顔がガラスに押し潰されているようで中々シュールな絵面なんだが……。


 そんなのも気にせず、リノは真剣に位置を確認し――。


「ここ」


 ――ウィィィン


 アームはぬいぐるみの胴体を確実に掴み、上空へ持ち上げていく。

 だが、これだとアームの力が弱くてさっきみたいに途中でぬいぐるみが落下しそうだな。


 ――ボトっ


 やはり、ぬいぐるみはアームから滑り落ち、そのまま地面へ落下――


「よしっ」


 しなかった。

 ぬいぐるみのタグがアームに綺麗に引っかったのだ。

 それはゆらゆら揺れて運ばれていく。

 そして、無事にそのまま穴へと落ちた。


 なんとも凄い洞察力と予知能力だな。


「やった!……嬉しい……」


 またも珍しく、リノは喜びの表情を見せる。

 そして……


「これ……あげる」


 そのぬいぐるみを差し出してきた。


「いいのか?! あんなに苦労して取ったんだからリノが貰うべきじゃ……」


 あそこまで必死になって取ろうとしたものをおいそれと貰えるわけがない。


 すると、リノは頬を掻きながら口を開いた。


「ううん……ななせんのために取ろうとしたの、昔、偶々、配信中にななせんの鞄が映った時、同じキャラクターのキーホルダー付けてたから……それにこの前、迷惑、かけたし」


「そうなのか……」


 確かそれってかなり昔の話だったような。

 でも、確かにそのキャラクターは好きだし、家にもぬいぐるみがいくつかある。


「本当にいいのか?」


「うん、貰って……私もそうしてくれた方が嬉しい」


 その時のリノの顔は少し、赤くなっていたような気がした。


「ありがとう」


 俺は人からこうしてプレゼントを貰うのが久しぶりなこともあり、その言葉が自然に口から溢れた。

 何より、いろいろ考えてくれた上で貰ったものは嬉しいものである。


 その後、俺たちは何回かメダルゲームやレースゲームをプレイした。

 どれも意外と白熱し、今日だけでだいぶ、リノのことがわかった気がした。


「じゃあ、帰ろうか。明日は大変な一日になるだろうから」


「うん……じゃあね」


 その後、俺たちは駅で別れる。

 そうして今日という一日は終わりを告げたのであった。




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