第29話 フルプレートアーマーはななせんに合わない



「自己紹介が遅れてしまいました。私、丹波防具店新宿本店の店長――丹波典明と申します、以後お見知り置きを」


 そして綺麗なお辞儀を見せた。


 店長?!……確かに言われてみればそんな風格を感じる気がするな。


「さて、下層でも通用する軽い防具が必要なんですよね……お言葉ですが七瀬様は加速の素質を使いこなせるのですから軽くある必要はないと思うのですが」


 確かに、と俺は思う。

 その質問に対してはリノは淡々と理由を話し始める。


「ななせんはまだ、覚醒してない……だから、覚醒するのが第一の課題……覚醒化の条件は全部、明らかになってないけど、自分と同じくらいの強さのモンスターを何百体か倒せばいいっていうのは確実」


 ああ、なるほどな。

 わかってきた気がするぞ。


「つまり、自分と同じ強さっていうのは装備も含めた状態で計算される可能性があるからあまり、強すぎるものにしたくないのか」


 効率重視のリノらしい考えだな。

 けれど、俺には疑問があった。


「でも、重装備も買っておいて損はないんじゃないか?」


「……フルプレートアーマーはななせんに合わない」


「そういうことでしたか、確かに配信者ならば見栄えは大切ですね。失念しておりました」


 店長は何か考える素振りを見せると奥から黒いマントのようなものを持ってきた。


「これは?」


「これは『巨人の羽衣』と呼ばれる商品です。ええっと詳細は説明するより実際に着けてもらった方がわかりやすいと思うので着けてみてください」


 俺は店長から巨人の羽衣を受け取る。

 なんだ、重装備の話だったからとんでもなく重いのかと思ったけど全然じゃないか。


 ええっと、首元で紐を結んでっと。


「うわあぁ?!」


 ズシン、と謎の力が俺のことを上から押さえつけれくる。

 俺は突然の出来事に驚き、よろけてしまう。


「これで転ばないのは流石ですね……このマントは装備者の体重を2倍にする代わりに体の周りに透明な鎧が生成されるものです。百聞は一見にしかずと言いますし試してみましょうか」


 店長はそう言って持っていたペンを俺に向かって投げる。

 ペンはダーツの矢のように真っ直ぐに飛んできてそのまま、体にぶつか――らなかった。

 俺の体に届く3センチ前くらいに透明な何かにぶつかり、ペンは地面に墜落したのだ。


「凄い……こんなの、あるんだ……ななせん、どうする?」


 確かにこの装備は強い。特にゴブリン相手であれば知能が働くことを逆手にとって油断させることもできるだろう。

 さて、どうしたものか……。


「この装備の作る鎧はデュラハンの斬撃すら防ぐことができます。また一度壊れても一時間で再生する上に幽霊ゴースト霊鬼レイスなど、実体を持たないモンスターからの攻撃も防ぐことができるのです。どうですか? この商品」


 おそらく、そのマントについた1000万と書かれたタグがなければ即答していただろう。

 だが、今の俺にそんなお金なんて……。


 すると、リノが口を開いた。


「いいよ、今日は私が誘った……だから私が払う」


「え、えええ?! 1000万ですよ? 俺、返すあてもないですし……流石に払わせられません」


「私は別に、大丈夫。下層探索者だからななせんより、稼いでる」


「だとしても……」


 そんな俺たちを見かねたのか今度は店長が別の提案を投げかけた。


「でしたら暫くレンタルするのはどうでしょうか? そしてこのマントを買う余力ができたらご購入になられるということで」


 それならリノが一方的に負担を背負う必要もないし、マントを明日の下層探索でも使えるし良いのでは?


「でしたらお願いできますか? あ、レンタル料って……」


「レンタル料はこれで」


 そう言って渡されたのは色紙とペンだった。

 どういうこと? サインでもかくのだろうか。


「これは?」


「見ての通りサイン色紙とペンです。ファンの身としてはお金よりも七瀬様のサインの方が価値があるんですよ。ですから、どうかお願いできませんか?」


「俺ので良ければ構いませんが……」


 俺はサイン色紙を手に取り、どう書くべきか考える。


 うう〜ん、サインなんて人生で一度も書いたことないからな……。

 芸能人が書くやつみたいなカッコいいサインを……。


 俺は慎重に書き進めていく。


 漢数字の『七』、そして瀬戸内海の『瀬』、そして蓮の『蓮』……。


「――あっ!?」


 最後の最後で色紙を持っていた手が滑り、蓮の『之』の部分の最後の辺が変な方向に伸びてしまった。


「ええっと……書き直させてもらってもいいですか?」


「ふふ、これもこれでいいではないですか。それにサインは一発書きが醍醐味なんですよ……では、大事にさせてもらいますね」


 店長はサインを受け取ると嬉しそうな表情をチラッと見せた。

 そんなに嬉しかったのか、俺のサイン。


「では、約束通りこのマントを貸し出します。期間は一年でよろしいでしょうか?」


「はい、それで大丈夫です」


 その後、マントは俺の手に渡り、無事に防具の調達が完了したのであった。



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