第27話 勝手に勘違いしてるだけ
その喫茶店は壁に白で『Stella』と書いてあり、モダンな雰囲気を感じる。どうやら最近建てられた喫茶店らしい。
だが、ビルとビルの間にこぢんまりと建っており、普通なら気づかない隠れ家みたいな場所だ。
リノは扉に手をかけ、店へ入っていく。
「いらっしゃいませー……ってリノちゃんじゃないの! 久しぶりねぇ」
「おばさん、久しぶり……ちょっと休ませて」
リノは店員のおばさんと親しげに話している。もしかしてこれが行きつけのお店ってやつなのだろうか。
行きつけの店がファミレスくらいしかない俺にはなんだか羨ましい。
「いいけれど……その男の子、もしかしてリノちゃんの彼氏さん?! 結構かっこいいじゃないの」
「…………違う、友達」
リノはプイッと顔を逸らす。
なんか、友達っていうまで結構な間があった気がするんですけど嫌われてる?
唯一の探索者友達だと思ってたんだけど。
「あら、なんだか違うっていいまで結構の間があったのだけれど」
「違うものは違う……探索者仲間、今度一緒に潜るからその準備をしようと思ったのに外でいろんな人に私とこの子の正体がバレたから逃げてきただけ、わかる?」
「えっと、どうも、リノの探索者仲間の七瀬です、今日は俺のダンジョン探索用の武器とか防具を選ぶために来てもらったんです」
とりあえず、合わせておく。
すると、店員のおばさんは口を手で隠しながら「ふふふ」と笑った。
「そうね、そういうことにしてあげるわ。」
なんか絶対、勘違いされた気がするんだけど気にしないでおこう。
俺たちは近くの席に向かい合って座る。
「飲み物は何がいいかしら」
そう店員のおばさんに聞かれるとリノは「いつもの」といった。
「はいはい、カフェオレね、えっと……七瀬君は?」
「じゃあ、同じので」
すると、すぐにカフェオレが注がれたティーカップが出てくる。
「それじゃあ、私は裏方仕事があるからごゆっくり〜」
そう言い残しておばさんは店の厨房に消えていった。
やっぱり、何か勘違いしてるな?
「ごめん、ななせん。おばさん、恋愛話が好きなの、だから勝手に勘違いしてるだけ」
「いやいや、大丈夫だよ。それにしても行きつけの喫茶店があるなんて凄いね。それも新宿に……」
俺がそういうとリノはポカンとした顔をしたのちに腑に落ちたような顔をした。
「実はあの人、親戚なの。私の両親は忙しい人でよく、ここに預けられてた。今でも東京に来た時は必ず、顔を出すから、そういう意味じゃあ行きつけって言えるかも」
まさかの答えだった。
へえ、新宿に親戚がいるのか。流石、下層探索者の家系だな。
でも、新宿に昔、居たということは……俺は一つの出来事が脳裏をよぎったが触れてはいけない過去に触れてしまう気がしたのでそっと心にしまっておく。
「話は変わるけど、下層探索の話で、会って話し合いたいことがある」
「ああ、今日はそのために来たんだよな」
危ない危ない。危うく目的を忘れるところだった。
「今回の下層攻略は1層と2層にしようと思ってる……もし余裕があったら3層も攻略するつもり」
「ええっと……リノはいつも何層に潜ってるの?」
「3層から5層……奥多摩の下層は10層までだけだけど一人じゃ5層以降は危険で行けない。だからななせんを強くして一緒に潜ってもらおうと思ってる」
「ええっと、別にレベリングとかはしない……よね?」
上級者が初心者を引き連れて下層を探索し、初心者を簡単に鍛えるレベリングは基本、禁止されている。
強くなるということは実力だけでなく、精神的にも強くならなくてはいけない。そのためには絶え間ぬ血の滲むような努力がいる。その過程を全部すっ飛ばして力だけつければ驕りきった探索者を産むことになり、最悪の場合、そいつが犯罪者になったりしてしまう。
そうならないように上層や中層で時間をかけて研鑽を積まなければならないのだ。まあ……何より、国家にとって制御のできない力を多く抱えるのは嫌なのだろう。
だか、最近、覚醒者の下層探索者一人につき、中層探索者一人を帯同させられるようになったため、下層探索者によるレベリングが横行しているんだとか。
「レベリングなんてしない……というか、ななせんはそれほど弱くない。ななせんが異常現象で戦ったあのドラゴンは下層10層の敵、あれと互角にやり合った時点で相当強いことは知ってる」
10層となると下層の最深部か。
あのドラゴンそれほど強かったんだな……。
じゃあ、あのドラゴンを行動不能にさせたリノはとんでもなく強いんじゃ……。
「私はななせんが覚醒化すれば下層を完全攻略できると思ってる」
覚醒化……それは全探索者に付き纏う問題だ。
1回、覚醒化するだけでも相当の時間を要し、この壁を越えなければ下層探索者になれないと言われている。
まあ、深層に潜ってる探索者は3回や4回、覚醒化していることも珍しくないんだとか。
「覚醒化の条件って何だっけ?」
「自分と同じ、またはそれより強い敵をとにかくたくさん倒すこと……最低でも300体は必要」
自分以上の強さの敵というのはどうやって判断されてるんだろうな。
もし、俺が下層のモンスターであるオーガをソロで300体倒せば達成になるのだろうか?
う〜ん、違うな。せめて苦戦しなければ判定には入らない気がする。
「基準についてはまだ、よくわかってない……けど、この前のスタンピードの時、たくさん倒したモンスターは判定に入ってる気がする……私の勘だけど」
「だとしたら俺は結構すぐに覚醒化できるってことか」
あのスタンピードの時に倒した敵はざっと200は越えていた気がする。
今までの分も合わせればもう、すぐに覚醒化できそうだ。
俺がそう考えているとリノが珍しく恥ずかしげに口を開いた。
「ななせんが覚醒したらパーティ……組んで欲しい」
そんなの答えは決まってる。
「もちろん、リノとなら深層にも行けそうな気がするよ」
俺は初期からずっと視聴者であり続けてくれた彼女とならどんな連携だって取れる気がしてならなかった。
それに今だって助けられているし。
「ほ、ほんと?! 良かった!……そ、そういうことでこれからもよろしく、ななせん」
俺が承諾したのを聞いて、またも珍しく感情を顔に出してリノは喜ぶ。
今日のリノはなんだか、感情豊かだな。
リノは俺に見られていることに気づいたのか、誤魔化すようにカフェオレを口にした。
「こっちからもよろしく……目指すは下層完全攻略か?」
俺がそういうとリノは首を横に振る。
リノは立ち上がり、真剣な眼差しで――
「深層……深層完全攻略」
そう言った。
つまり、それは奥多摩ダンジョンを完全攻略するということだ。
ダンジョン完全攻略はごく一部の世界的に有名なパーティがやることであり、普通であれば夢のまた夢のまた夢の話。
けれど――
「ああ、下層でも深層でも戦いきってみせるよ」
そう言って俺はリノの手を取った。
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