第26話 ななせん、逃げるよ




 勇者というのはどの世界にいる者だ。

 読んで字の如く勇ましき者。


 魔王を倒し世界を倒した者も

 不利な状況を覆し、勝利へと導いたあの名将も

 虐げられし者を率いて世界を変えようとした革命家も

 勇者と呼ばれる。


 そして――自分の命の危険も鑑みず、ダンジョンに潜り続ける探索者も。

 その中でも勇敢さを兼ね備えながら人々を笑顔で癒す探索者兼アイドルという、とんでもない少女が昔いた。





「みんなー! 今日も来てくれてありがとね〜!!!」


 私はドームに集まってくれた何千、何万もの観客を相手に笑顔を振り撒く。

 そうすると、幾千ものの光が揺れると当時に私を応援する声が会場に響きわたる。

 たくさんのファンと裏方で考えられないほどのサポートをしてくれているスタッフのお陰で私は今ここ立っている。


 昔はじめっとした地下でアイドルをしていた。

 観客は数十人が良いところ……初めの頃は数人だったなぁ。


 でも、もう他に道なんてなかったし、何よりアイドルという職業が楽しかったから辞めるなんて選択肢はなかった。

 けれど、もっと多くの人に私を見て欲しかった。


 ――「新宿ダンジョンにてSランクパーティ『ステラ』がフェニックスを討伐し、日本初の深層へ進出しました」


 そんなニュースを見た時に私は考えついたのだ。

 戦うアイドル。


 強くなればもっと色んな人を助けられる……それに助けた人に私の宣伝できるし。

 それに、私はずーっと憧れたんだ。弱きものを助け、悪を倒す……まるで物語の勇者のような存在に。


 多分、強くなることも人を助けることもどれも簡単じゃないっていうのはわかるけど……やってみないと、挑戦してみないと出来ないかどうかなんてわからないじゃないか。


 そうして、18歳にして私――小桜こざくらゆいはダンジョン探索者デビューを果たした。




 ――――――


【七瀬視点】


「う、う〜ん……朝か」


 時計を見るともう朝の9時だった。

 今日はリノとコラボをする1週間前、俺は週2で配信を行いながら大学生活をそれなりに全うしていた。


 ――ピコン


 リノからメールが届く。

 俺は体をベッドから起こし、顔を洗うと寝ぼけ眼でスマホのロックを解除した。



 Lino:『奥多摩ダンジョンの下層の敵の情報』



 さらに続くように3件のメールが送られてくる。それはそれぞれ下層1層、2層、3層の情報だった。


「ゴブリン? 下層に?」


 どうやら下層1層の敵はゴブリン系らしい。

 下層なのに何故、ゴブリンみたいな上層にもよくいるモンスターがいるのだろうか。

 ダンジョンを作った人の考えていることがまるっきりわからない。

 数が多くて倒すのが面倒なのかな。



 ――ピコン、ピコン、ピコン


 Lino:『ゴブリンのことはあんまり舐めない方がいい』


『下層にいるのは上位種だけ、その上、数多い』


『奥多摩の下層に挑む人の3分の1はここで死んで一生、ダンジョンに挑めなくなる。なんでかはわかって欲しい』



 それはまるで、俺の心を読んだかのような言葉だった。

 そうだ。ゴブリンは人間ほどの知能はないが、学習することができる。


 だから、奴らは知っている。探索者を殺してもまた、生き返ることを。

 そのため、ゴブリンたちは俺たちを殺さない程度に痛ぶるのだ。


 ゴブリンにそうされた者はたとえ、送還システムによって地上へと帰されても恐怖で2度とダンジョンに潜れなくなり、最悪の場合、地上に戻っても、苦しみに耐えきれず地上で自殺を図ろうとするらしい。


「それにしても3分の1……」


 あまりにも大きい数字だ。

 それなら他のダンジョンの方が――



 Lino:『でも、逆に考えれば雑魚敵は下層で必要な実力を図るためには丁度いい。それに今回は私がいる……決してななせんは危ない目に遭わせない』



 女の子に守られるなんて、なんとも自分が情けなくなる話だ。

 確かに俺自身、スタンピードで何体も下層の敵を倒した実力があるが、今回は相手の住処に乗り込むのだから油断しちゃいけないな。

 そう考えると今回のリノからの下層への誘いはとてもありがたいものだと気づく。


 Lino:『でも、念には念をでななせんの装備を整えたい。下層の敵と戦うのに中層の敵の素材で作られた革鎧は心許ないから』


『今日、どう?空いてる?』



 なるほどな。装備調達のための連絡だったのか。

 幸い、今日は予定が何にもなかったので俺はその誘いを快諾した。



 ――――――



「ええっと、リノは……」


 最寄駅から電車に乗られて約一時間、俺は探索者の街、新宿に来ていた。

 ここは日本で最初にダンジョンが発生した場所であるため、魔道具専門店やダンジョン用武器専門店、防具専門店など様々なダンジョン関連のお店が軒を並べているのだ。

 昔は一般の企業の建物なんかも建っていたようだが、ダンジョン発生時に異常現象によるスタンピードなど、安全の問題からほとんどの会社は新宿から退いている。


 まあ、実際に昔、スタンピードでここらはモンスターで溢れかえっていたためそれは英断だったと言えるだろう。

 今、存在しているダンジョン関連のお店は店主や店員が探索者だったり、スタンピードが起こった時のために強い探索者と契約していたりする。


 そんな危険で溢れかえる街、新宿は探索者にとっては楽園となる。


 つまり――


「そこのお兄さん、中層パーティ『来夏』に入りませんか? 今なら特別待遇ですよー」

「初心者クラン『黎明』です、入隊者募集中です、初心者から上級者まで誰でも大歓迎ですよー!! あ、そこのお兄さん、見るからに探索者ですね? 『黎明』に入隊してみませんか?」

「ま、待て、そいつは俺が狙ってたんだ。兄ちゃん、うちのクラン『ラビリィ』はどうだい? 兄ちゃん結構強いんだろ? うちだったら武器でも防具でも無償で提供するぜ?」


 駅前に立ち塞がっていたのは何人ものパーティやクランの勧誘だ。

 どうやら俺に限らず、色々な人に声をかけているみたいだが――


「ええっと、そういうのは大丈夫ですんで――」


 めんどくさい。

 多分、俺の断りきれない性格を察して押してきているのだろうが、生憎、俺は素性もわからない人たちと組む気はない。

 それに、俺の戦闘スタイルは集団戦に向いてないしな。


「そんなこと言うなよ、言い方的にさては兄ちゃんソロだな? ソロは確かにかっこいいし、報酬も独り占めだがそれだけリスクが伴うんだぜ? 今のうちにクランに加入しちまおうって」


 勧誘のおじさんはまだ、諦める気はないようだ。

 さてと、どう断るべきか……。


「――ねえ、そこの人」


 それは凛とした聞き慣れた声だった。

 ルビーのような目に雪のような銀髪……リノだ。


「そこの人は私の連れ……離してあげて」


「あ?……って舞姫様じゃねえか! おい兄ちゃん、舞姫と組んでるならそう言ってくれよ……じゃ、じゃあ俺はこれで」


 勧誘のおじさんは極寒のようなリノの目に恐れ慄いたのかそそくさとどこかへ行った。


「リノだよね、ほんと助かったよ……ちょっとカッコ悪いところ見せたちゃったよね……」


 俺は頭をポリポリと掻きながらそういう。

 なんというか、普通この場面って男女の立場が逆な気もするんだけど……情けないな……。


「いいよ、私、守るの好きだから……でも新宿はああいう変な勧誘多いから気をつけて、無視するのが最善」


 やっぱ、都会怖い。

 そう思っていると周りの声が耳に入ってくる。


「あれって舞姫?!……って隣にいるのってあの有名な七瀬じゃん!」

「あ、本当だ。あの二人、接点あったんだ……」

「もしかして付き合ってるのか? これはビッグニュースだ、早くみんなに伝えないと」


 どうやらさっきの騒動で俺とリノの正体に多くの人が気づいたみたいだ。

 カメラを向けてくる人もいるし……これはこの場を離れた方がよさそうだな。


「ななせん、逃げるよ」


 リノが俺の手を引いて走る。

 身を低くして人の壁を通り抜け、なるべく正体がバレないように顔を隠しながら俺たちは全力疾走した。


 ……

 …………

 ………………


「はあ、はあ……ここまでくれば、大丈夫」


 そうして辿り着いたのは小さな小さな喫茶店だった。


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