閑話 2-1 相反する姉妹





「リノ、お前のことよくわかんねえわ」


 そのような言葉は何回聞いただろうか。

 自分自身理解していた、自らが素性がわからないような人間だって。


 人は中身や腹の内がわかっている人間に信頼を置き、好印象を抱きやすいと聞いた覚えがある。

 だが、私はそのような人間とは真逆の存在なのだ。

 得体の知れないものには誰しもが警戒心を抱く、それは私だって同じ。


 でもどうしたらいいのかわからなかった。


 周りの人にどうやって自分を明かせばいいのだろうか、用もないのに言いふらせばいいのか。

 結局、そんなことを考えている内に中学生活は幕を閉じ、リベンジしようとした高校ではまたしても失敗し、変にイメチェンして悪目立ちした私は女子の上位カーストたちに目をつけられ、たびたび揶揄われた。

 ただ、虐めなどに厳しい学校であったのと私の恵まれた容姿を見て擦り寄ってきた男たちが虐めの抑止力になってくれたのは不幸中の幸い。


 でも孤立した私は現実ではなくネットの世界に染まってしまった。

 ある日、そんな自分を変えようとした時にネットニュースで見たのが一人の有名探索者がインタビューに答える動画だった。

 彼女は動画でこう話していた『私、高校でもずっと一人で隅っこで音楽聴いてるフリしてイアホンつけてたんです。けどある日、アイドルと探索者の両方にどうしようもなく憧れちゃって……それでアイドル探索者としてここまできちゃいました!』彼女は唯たんとファンに呼ばれており、不幸な事故で一年前に亡くなっていた。


 私は彼女のことを知るまでダンジョンが嫌いで探索者になんて興味がなかった。昔、そうなっても仕方のないような出来事があったのだ。


 でも、彼女に私はどうしようもなく憧れた。

 私には彼女のように全ての人に笑顔を振り撒くことも幸せを与えることも出来ない……けれど探索者なら私でも輝けるかも知れない……と。

 

 運のいいことに、その年から未成年でも保護者の許可さえあればダンジョンに潜ることが可能になったため、私はすぐにダンジョン講習を受けて探索者デビューを果たした。


 どうやら私は〈舞の素質〉と呼ばれる世にも珍しい素質をもっているようだった。

 まだ、この素質に関する記録はなかったようで私は周囲から色々な意味で注目された。

 私は研修中、初心者用の槍を片手にスライム相手にこの素質を試してみた。


(体が……軽い?)


 体の可動域が増え、体重が軽くなった上に身体能力まで向上する……つまり、私が神様から授かった素質はとてもレアな物であったらしい。


 私は一瞬でスライムに近づき、その核を貫いた。


 どっと周りから称賛の声が湧き上がる。

 ああ、これが認められるということなんだろうか……。

 ひとりぼっちの私の心はたちまち、満たされた。


 ただ、唯一、妹のレイだけは良い感情を向けてこなかった。

 おそらく、嫉妬や羨望といった物を抱いていたんだろう。


 でも、その頃の私は馬鹿で何にも気にもしていなかった。


 妹の変化に気づいたのはそれから1年後、私は下層デビューし、未成年のダンジョン探索者としてそれなりに有名になった頃であり、妹が良くない組織に加担していることを知り、数日たった頃。


 私が家に帰ってくると大きな荷物を持った妹が今にも家から出て行こうとしていた。


「どうしたの、レイ……家出?」


「うるさいッ! 邪魔すんな……あんたに何がわかるんだよ」


 レイは昔から精神状態が不安定になることが度々ある。

 今回もそのせいだろう、と安易に私は考えてしまった。


「家から出ていってどうするの、私で良ければ聞くよ」


「……チッ」


 そうやって舌打ちだけ残してレイは家から出て行った。


 私はあの時、馬鹿だからなんでそこまでして反抗しようとするのか、わからなかった。けど、今、もう一度考え直してみるともしかしたら、もしかするとあの子も私みたいに誰かに認めてもらって愛されたかったのかもしれない。


 そう思うと何だか、私も人のことを言えなくなってきたな……。



 ――――――



【???視点】


 この世界は不条理だと常々思う。

 運のいい奴や周りの環境に恵まれている奴がダンジョンを使って楽して億万長者になり、幸せそうな顔して生きてやがる。

 最近、噂のダンチューバーってやつも、私より弱いくせにイキリきってるクラスの人気者も全部、全部嫌いだ。


 奴らの幸せそうな顔は鏡のように現実の私の姿を思い知らせてくる。

 奴らの顔を見ると自分のことが惨めに見えるのだ。


 幸せなやつに嫉妬してしまうところも

 全部、環境のせいにしてしまうところも

 それで周りに八つ当たりしてしまうところも

 自分のことを好きになれないことも


 全部、嫌いだ。


 努力はした。

 常にどうすれば他の人に認められるか、賞賛されるか……それを考え、実践してきた。


「けど全部……あいつに奪われた」


 双子の姉……一条莉乃。

 幼い頃は姉と遊ぶこともあったが今では姉がこの世で一番嫌いだ。


 私が小学生の頃、姉だけは両親の都合で新宿で暮らしていた。

 その間、私は些細なことで学校で虐められた。


 理由はもう覚えていないけれどひたすらに教室や家の隅で泣いていた覚えがある。

 家に帰っても家には基本、誰もいなかった。

 担任には無視され、誰にも相談できずに虐められながら小学生時代を過ごした。

 

 その後、私が中学生になった時、姉は新宿からこっちへ戻ってきた。

 両親が離婚し、母親が親権を勝ち取ったのだ。


 それからの姉は物静かで友達がいなかった……いや、まるで作ろうとしていないようだ。

 私は彼女をみるたび、友達作りに必死になっていた自分が惨めに見えてきて嫌だった。

 それに姉は私のことを言葉では気にかけてくれているが、冷めた目つきで見てきているようで……怖い。


 そう、いつの間にかに誰も信じれなくなっていたのだ、私は。

 その私は新宿で学校でも虐められることもなく、家に帰れば人が家にいてくれていた姉に憎しみを抱いた。


 同じ年に少し遅く生まれただけでこんなに苦しまなきゃいけないの?

 なんで彼女は一人でも平気なの?


 羨望し、そして嫉妬し……最後には口もきかなくなった。


 そんな歪んだ私にトドメを刺したのが姉の探索者として大成だ。

 舞姫……彼女の異名はそれらしい。

 姉が有名になり始めたのは関東最大の新宿ダンジョンの中層の大ボス――変異種オーガエースを倒した時だった。


 オーガエースは剣鬼とも呼ばれており、とんでもないくらい強いのだが、代わりに〈剣の素質オーブ〉をドロップしてくれる。

 だが、負ければ〈戦慄の呪い〉という死ぬまで解けない呪いをかけられ、ダンジョンに入るだけで具合が悪くなったり、震えたりするようになる。


 つまり、ハイリスクハイリターン。

 ダンジョン人生をベットして新たな素質を得る……それをやってのけた。


 人々は称賛した。


 私は自分にないものを持った姉がうざったく……そしてとんでもなく羨ましかった、本当に羨ましかった。


 そんな輝かしい功績を勝ち取った姉に比べ私はもう、堕ちるとこまで堕ちてしまった。


 取調室の中で倒れた警察官を尻目に思う。

 ならば、最後まで堕ちてやろうと。


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