第4話 出会いと別れ、そして(2)

 レオンハルトはすぐに当時行った教会を訪ねるために、親戚でもあり友人でもあるクリスティーナ王女に今その教会がどうなっているのか尋ねた。


「ああ、あの丘の上の教会と孤児院よね? 確かお父様が引き継いで、私もたまに伺うわね」

「その教会にコルネリアという少女がいたはずなんだが、知っているか?」

「コルネリア……ああ、確かだいぶ前にルセック伯爵家に引き取られたそうよ」

「ルセック伯爵?」

「そう、なんでも子供がいなくて養子として引き取ったみたいだけど」

「ありがとう、ルセック伯爵だな」


 レオンハルトがあまりに熱心に尋ねるものだからクリスティーナは何か勘ぐったように口角をあげて彼に尋ねる。


「なあに? その女の子のことが気になるの? まさか、初恋?!」

「そうじゃない」


 幼馴染でもあるレオンハルトとクリスティーナは軽口を叩いたり、また彼女が少しからかうように彼の肩を叩いたりする。

 まあ、どちらかと言えば言葉数の少ないレオンハルトが彼女のおしゃべりや活発な行動を受け取る側なのだが。

 そんな光景は見慣れたというような感じでメイドたちも、ふふふと口元に手を当てて笑いながら見ている。

 ただ、彼の中で今回ばかりはすでにコルネリアの行方のほうに考えが向かっていたようで、話を早々に切り上げるとそのまま家に引き返した。




◇◆◇




 家に着いたレオンハルトは早速ペンを執り、ルセック伯爵宛の手紙を書き始めた。

 もちろん彼女がどうしているのか、元気にしているのか、と聞こうとしたが、そう思ったところで、そういえば伯爵家でなんでも治す医者いらずの不思議な事業をしているというきな臭い噂を聞いたことがあることを思い出した。

 確かうちにいたメイドが廊下で噂話のようにしていた、なんてことを思い出す。


(治癒の力?)


 病気を癒す不思議な少女の話や「聖水」と言ってご利益や不思議な力のある水を売っていたとかなんとか。

 そんなふわっとした噂の内容を自分の記憶から必死に手繰り寄せるが、真偽のほどがわからなかったためひとまず「コルネリアに会いたい」ということだけ伝えた。



 数日後に手紙の返信が来たのだが、そこにはレオンハルトが予想もしていなかった言葉が書かれていた。


「コルネリアは死んだ……?」


 手紙にはコルネリアが5歳の時に聖女の力を失くしてそのまま病気になって死んだと書かれていたのだ。

 にわかには信じがたくそして何かの間違いであってほしいと願うレオンハルトであったが、胸をぐさりとナイフで刺されたようなそんな衝撃が訪れて思わず呆然としてしまう。


「ミハエル」

「はい、何でしょうか」

「コルネリアが本当に死んだのかどうか、それとこの家のことを少し調べてくれないか。聖水やら治癒やらがどうなったのか、今もやっているのか気になる」

「かしこまりました」


 近くに控えていた側近であるミハエルにそう調査依頼を出す。

 彼は胸の前に手を当てて挨拶をしたあと、部屋を出て調査に向かった。


 その後の調査で、レオンハルトはコルネリアが商売の道具に使われたこと、聖水などの事業を伯爵家が突然辞めたこと、また彼女が家で目撃されなくなったことを知る。

 さらにミハエルのより詳しい調べによって、コルネリアは地下牢のような場所で幽閉されて死んだことにされているとわかった。






 そこまで話し終えると、レオンハルトはベッドの上で横になるコルネリアの頭を優しくなでる。


「生きていてくれてよかった。まずはそう思ったよ」

「私のことをどうしてそんなに」

「なぜだろうね。その時はわからなかった。婚約者選びに疲れたとか、ふと君のことを知って善意から救いたくなったとか。いろいろ考えた」


 レオンハルトの言葉に対して、そうだ、自分にはそんな程度の価値しかないし当たり前だというような思いでコルネリアは耳を傾けていた。

 だって、こんな公爵で何不自由なく、そして見目麗しい方が自分を選んで妻にするなど、何か気が狂ったのではないだろうかとさえ思う。

 しかしその後に続いた言葉は彼女にとっても意外な言葉だった。


「好きなのかもしれない、君のことが」

「え?」

「君がなんだか気になって、そう、本能的に求めてしまう。そんな存在だから。だから、僕は君を引き取って妻にした」


 なぜそんな真っすぐに私を見つめてくるのだろうか、とコルネリアは心の中でそう思った。

 目の前にいる自分の意識の中では数日前に会ったばかりの彼が、こうしてあたたかく優しい好意を向けてくれることに彼女はどう応えていいか戸惑った。

 その戸惑いをなんとなく感じたレオンハルトは、彼女に「妻を受け入れるのはゆっくりでいいから。いつまでも待つから」と言う。

 ベッドに寝る彼女は自分の手を握る彼を見ながら、もう聖女の力を失ってしまった自分に何の価値があって、彼は自分に何を求めるのだろうか、とふと思いを馳せた。



 コルネリアはこの時、自分が力を失くしてしまった理由をまだ知らない──

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