第3話 出会いと別れ、そして(1)
「おはなの~さいた~えがおでニコニコ~」
「素敵な歌だね」
「おにいさんだあれ?」
それがコルネリアとレオンハルトの最初の出会いだった。
彼女の綺麗な長い髪と同じ色の花を咲かせる木の下で、レオンハルトは彼女の隣に座って話しかける。
孤児院で育つ彼女は質素な服に身を包み、それと反対に彼は身なりが良く明らかに貴族の格好をしていた。
コルネリアが生活をしている孤児院の隣には教会が併設されており、そこにいるシスターたちや一部の婦女子たちが孤児院の子供の世話をしていた。
教会は元々王家直属──王族管轄という国直営のものであったが、王弟であるヴァイス公爵がその経営や管理を引き継いだ。
そして、そのヴァイス公爵の孫にあたるレオンハルトは、その日初めて教会に遊びに来ていた。
レオンハルトの両親は彼が幼い頃に事故で亡くなっており、ヴァイス公爵自らが育て親となっているため、レオンハルトは公爵の仕事を引き継ぐためにも視察のような形で仕事に触れていたのだ。
「君はみんなと一緒に遊ばないの?」
「う~ん。こるねりあはここでひなたぼっこがすきなの!」
レオンハルトが彼女に声をかけたのは、彼女が数百年に一度と言われるほどの強い力を持った聖女だからではなかった。
ただ、2歳ほどの小さな子供が皆と遊ばずに大きな木の下でずっと座って眺めているのが不思議だったからだ。
そして何より、彼の目には彼女の綺麗な淡いピンク色の髪が美しく映り、心惹かれた。
当時7歳であり、いつか公爵になる後継ぎの身だったレオンハルトは、教会や孤児院のような自分とはまた違う境遇にいる人々のことを理解しようとしていた。
それは哀れみや優越感に浸りたいわけではなく、彼の祖父であるヴァイス公爵が心優しく領民に寄り添った統治をしていたことに起因する。
ただそれ以上にレオンハルトは不思議とこの目の前にいる少女のアメジスト色の瞳に吸い込まれそうなほど心を奪われており、それは恋と呼ぶにはまだ小さすぎてふわっとしたそんな感情だった。
「コルネリアは綺麗な髪をしているね」
「しすたーにもほめられるよ。こるねりあ、うれしいんだ」
そう言いながら彼女は自分の傍らで枯れてしまっていた花に手をかざし、不思議な力を与える。
「──っ!」
レオンハルトが驚くのも無理はなかった。
彼女が手をかざしただけで、なんと枯れていた花がまた太陽の方へと顔を向けて花びらを開いたのだ。
噂には聞いていたが実際にその癒しの力を目にすると、レオンハルトは息を飲むほど驚き、そのまま横に座ってご機嫌そうに足をバタバタとさせる彼女を見遣る。
レオンハルトが初めて教会に向かったすぐ後で、ヴァイス公爵は病に倒れそのまま息を引き取った。
弱冠7歳にしてヴァイス家の当主となったレオンハルトを待っていたのは、凄まじい量の仕事と後継ぎとしての勉強の日々──
彼が教会を訪れることはその後しばらくなかった。
◇◆◇
「ミハエル、この申請書を王宮税理課に提出してもらえるか」
「かしこまりました、レオンハルト様」
レオンハルトは徹夜で作業を終えたあと、首を回して目をしぱしぱとさせながら一息つく。
ようやくたまっていた今年度分の申請書を処理し終えたところで、先程メイドが運んできた紅茶を飲みながら領内の資料に目を通し始める。
「今年は不作の予想か。ミハエルを通じて各領主にいつでも減税の命を出せるように準備をしておくか」
ヴァイス公爵家の領地は王都に近い代わりにそれほど大きくはなかった。
それが先代公爵──レオンハルトの祖父が領民たちに密接に関わって政治が出来た要因ではあるのだが。
領民に寄り添った治世の引き継ぎを目指しているレオンハルトも、貴族としての所作や知識だけではなく農業や繊維業、貿易業などあらゆる知識を得るように努力をした。
そんな彼は、ふと報告書の中にある一つの資料が気になって目を止めた。
「婚約者か」
彼の一番の側近であるミハエルはレオンハルトとほぼ年が変わらないにも関わらず、これまた彼の母親のように世話焼きな性格で、レオンハルトの婚約者候補を見つけては資料に忍ばせているのが常だった。
今日もいつものことかと思いながら目を通していると、その婚約者候補の令嬢の髪がピンク色だったことに目がいった。
「淡い、ピンク……」
その淡く、花のように華やかな髪は彼を一気に昔に引き戻し、そして幼い頃に祖父に連れられて行った教会の少女のことを思い出させた。
「コルネリア」
ふと口に出してみた彼女の名は、彼自身の中で強く「会いたい」と思わせるのに十分だった。
一度しか会ったことのない小さな少女のことが気になり、資料を漁ってその教会と孤児院について調べた。
するとその教会と孤児院はヴァイス公爵家の管轄ではなく、王族管轄に戻っていたのだ。
先代ヴァイス公爵が亡くなった際にあまりにも幼い当主であるレオンハルトの負担を軽くするため、王命によって王族管轄にいくつか戻ったものがあり、そのうちの一つの事業が福祉事業であった。
(なるほど、おじい様が亡くなった時に王家に戻されていたのか)
そして、教会と孤児院が王家の管轄に戻った直後に、コルネリアに悲劇が訪れていた─
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