第5話 モーニングは甘く優しく

 レオンハルトがコルネリアに想いを告げてから数日が経過した。

 体力の低下が心配されたコルネリアは、最初こそ固形物もないスープのみの食事と水しか飲めなかったが、徐々に柔らかく煮た野菜や果物を口にできるまでに回復していた。

 幸いにも彼女がヴァイス公爵家に来たすぐの数日以外は高熱になることもなく、身体も起こして歩き回れるようにまでなっている。


「コルネリア様、体調が落ち着かれてよかったですね」

「皆さんのおかげです、ありがとうございます」


 この家に来てから世話をしていたメイドであるテレーゼが、コルネリアの食べた後の食器をワゴンに乗せながら言う。

 黒髪を美しくまとめたテレーゼはコルネリアや女性の平均よりも少し高い身長で、それでいて細身のすらっとした体形。

 食べ物を食べていなくてやせ細っているコルネリアの「細身」とはまた別で健康的に美しいラインをしている。

 綺麗な方だな、なんてコルネリアは思っていたが、彼女は外見の美しさとは裏腹にそそっかしい一面もあった。


「あ、コルネリア様、申し訳ございません!! 私、食後にと思っていた紅茶をすでにいれてしまっていたようで、冷めてしまいましたっ!! すぐに入れ直してきます!」


 わざわざそこまでしなくても飲めますよ、とコルネリアは彼女に言おうとしたのだが、彼女が去っていくスピードに追いつけないほどの慌てぶりで部屋を去っていく。

 そしてその後すぐに廊下から、ガッシャンと何か皿が割れたような音がしてコルネリアは思わず顔を上げた。

 ────どうやら本日三枚目の皿を割ったようであった。



 そんな甲斐甲斐しくもどこか危なっかしいテレーゼに世話をされていたコルネリアだったが、だいぶ動けるようになったため何か自分自身のことはできないかと部屋をうろうろとしてみる。

 しかし、掃除や洗濯などの家事をおこなったことのない彼女にはどうすることもできずに立ち尽くしてしまう。


「コルネリア様? もう起きて大丈夫ですか?」

「はい、何かお手伝いをしようと思うのですが、何もできなくてどうしようかと」

「そんなっ!! 奥様にそのようなことはさせられませんっ!! わたくしどもにお任せくださいませ!!」


 胸を張るようにして手をあててお任せあれといった感じで言うテレーゼは、あ、そうでしたといった感じで話を進める。


「レオンハルト様がダイニングに来てほしいと仰せでした」

「かしこまりました、すぐに向かいます」


 そう言ってテレーゼに連れられてダイニングへと向かった。




 ダイニングへ向かうとそこにはすでにレオンハルトが席についており、テーブルにはサラダやフルーツ、スープやパンなどの朝食が用意されていた。

 そしてレオンハルトの左隣にコルネリアの分と思われる少し量が少なめの料理が並んでおり、テレーゼはそこの席にコルネリアを案内をする。


「おはよう、コルネリア」

「おはようございます、公爵様」


 丁寧にお辞儀をしながらレオンハルトに朝の挨拶をすると、促されるままに席に着く。

 目の前に広がる立派な料理を思わず端から端まで見てしまう。

 豪華で嬉しかったからではない、食べきれるかどうか不安だったからだ。


「だいぶ食べられるようになったと聞いてね、今日は仕事も昼からだったから一緒に食べたかったんだ」

「かしこまりました」


 そして二人は食事を食べ始めた…………のだが、コルネリアはスープを飲んだ後、そのまま手が止まってしまった。

 どこか身体が痛むのだろうか、と心配するレオンハルトだったが、彼女が手を止めた理由はそこではなかった。


「どうかしたかい? 僕と食べるのが嫌だっただろうか」

「いえ、そうではないのです。その、何といいますか、食べ方がわからないものがありまして」


 スプーンやフォークが使えないというわけではない。

 彼女が「食べられない」と言うのはただ単に食事をするのではなく、「貴族として最良のマナーの上で」食事ができないと言っている。

 レオンハルトは意図を汲んだようで、自分の持っていたスプーンを置いてフォークに持ちかえるとそのままサラダをコルネリアの口元に持っていった。


「……これは、どういうことでしょうか?」

「マナーなんて気にしなくていい。ほら、食べてごらん」


 目の前に差し出されるサラダを食べていいのか、それはマナーとしてどうなのかと思ったが、主人であるレオンハルトがそのようにしているのだからそれを受け取るのが正しいと判断して口を開く。


「──っ!」


 それまでの食事では蒸かした野菜のみであったが、新鮮な野菜と味気のあるドレッシングの存在がコルネリアの口いっぱいに広がる。

 それがどうやらコルネリアの口に合ったようで、思わず目を大きく見開いて自分の目の前にもあるサラダを見つめる。

 そしてその後、横にいるレオンハルトを見た。


「マナーはいいから、食べてごらん。僕は何も怒ったりしないから」

「はい……」


 コルネリアはゆっくりとフォークを手に取ると、自分の目の前にある器に盛りつけられたサラダを食べ始める。

 あたたかいスープにも、サクッと焼かれたパンにも驚いたが、自分の口の中で新鮮な野菜が瑞々しく感じて思わず顔が綻ぶ。


「よかった、少しずつでいいから好きなものを食べていいから」

「はい」


 なんて贅沢なことだろうか、なんて食事は美味しいのだろうか、そんな風に思ったのは初めてのような気がした。

 と同時に孤児院にいた頃を思い出して、なんだか少し心が動いた。


(シスターに、食べさせてもらったご飯……)


 まだ幼く自分でうまく食べられなかった彼女は他の子供たちと一緒にシスターに食べさせてもらうことが多かった。

 孤児院にいたのは2歳までだったからそのくらいは当然だろう。

 忘れていた人の温かみを思い出して、コルネリアの心がドクンと一つはねた。



 その後仕事に出かけたレオンハルトを見送ると、コルネリアは自室に戻って窓の外を眺める。

 本もあまり読むことができない──文字の読み書きに苦手意識があった彼女は、本棚にあるたくさんの本を読むのではなく外にある草花を見つめて孤児院を思い出していた。


(孤児院にいた、私。よく外に遊びに出て……)


 幼かった頃の記憶を手繰り寄せながらぼうっと外を眺める。



 コルネリアが窓の外を眺めている頃、ヴァイス公爵家の玄関に一人の訪問者がやってきていた──

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