逃げてる

エリー.ファー

逃げてる

 私には、世界がある。

 誰にも邪魔できない哲学がある。

 美学と言ってもいいかもしれない。

 しかし。

 別に価値があるとは思えない。

 おそらく。

 そうこうしているうちに値段が決まる。

 気が付けば。

 高値になっている。

 すべては、私のものである。

 築かれるのは強く巨大な塔である。

 何もかも踏みつぶす神々の意思である。




 逃げるな、飛び越えろ。

 立ち向かえ。

 逃げるべきタイミングではない。

 どんな言い方であったとしても、正解と間違いには大きな差が生まれるものだ。

 画面の向こう側にいる主人公に向かって話しかけるのは、罪深い囚人たちの遊びでしかない。

 思考の欠落が私たちを形作っているのであれば、満月など物語の小道具に過ぎないのだ。

 カーテンコールをあなたに。

 幕間の地響きをあなたに。

 完全からほど遠い物語には、あなたの叫び声が必要だ。

 ラジオを聞かせておくれ。

 君の声で、聞かせておくれ。

 逃げ続けてくれ。

 飛び越えてくれ。

 何もかも哀れに見えてしまう世界が必要だと教えてくれ。

 動画の音が聞こえてくる。

 君の責任ではない。

 ただし。

 ここで逃げるのであれば。

 すべてが君の責任だ。

 立ち向かえ。

 戦え。

 人間なら。

 戦え。

 プライドがあるなら。

 戦え。

 勝者になりたければ。




 逃げるな、戦え。

 絶対に勝ちにいけ。

 負ければ惨めだ。

 悲しい人生が待っているぞ。

 さあ、争え。

 競え。

 絶対に立ち向かえ。

 背中を見せるな。

 答えは始まりが生まれる場所だ。




「逃げてはならない」

「だが、逃げるという戦略を失ってもいけない」




 壊してくれ。

 何もかも壊してくれ。

 零でいいんだ。

 一も十も百も千もない。




 花柄から始まる物語は自由に合わせて。

 三千一号。

 轟く朝日。

 健全ではない。

 いずれは怪物。

 上昇気流に飲み干す人類。

 八千十回。

 



「椿の香りが世界を変えると思いませんか」

「変えません」


「椿の香りが世界を変えると思いませんか」

「世界なんか変わりません」


「椿の香りが世界を変えると思いませんか」

「椿の香りって、何ですか。あの、本当に。マジで」


「椿の香りが世界を変えると思いませんか」

「世界には革命が必要なんですって」


「椿の香りが世界を変えると思いませんか」

「思う、思わない、ではない。変えるのだ」


「椿の香りが世界を変えると思いませんか」

「椿の香りが変えるのは、世界ではなく、文化です。定義の問題と言えるかもしれませんね」


「椿の香りが世界を変えると思いませんか」

「椿肉という意味ですか。それなら、あり得るかもしれませんね」


「椿の香りが世界を変えると思いませんか」

「椿ですか、何ですか。桜」


「椿の香りが世界を変えると思いませんか」

「思いません。ていうか、あなた、誰ですか」


「椿の香りが世界を変えると思いませんか」

「後ろ歩きの最中なので邪魔しないでくれますか」


「椿の香りが世界を変えると思いませんか」

「それより、緑茶を飲みませんか。あぁ、紅茶でもいいですけど」


「椿の香りが世界を変えると思いませんか」

「あの、静かにしてもらっていいですか。ここ、図書室ですよ」




 逃亡にも美学がある。

 しかし。

 そんなもののために頭を使っているようでは、逃げ続ける以外の生き方はないだろう。




 さようなら。

 遊びではないのだよ。諸君。

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