第38話

あたしはソファですぅすぅと寝ている柚季に毛布をかけた

柚季の顔は赤いけどすごく安らいでいる


「……柚季、寝ちゃったね」

「やっとって感じだけどね。まさかこんなになるほどお酒に弱くなっていたとは思わなかったよ」

「私と玲香にあんな激しいキスをしておいて勝手に寝ちゃうんだもんなー。柚季じゃないみたいだよ」


柚季は美海への激しいキスが終わった後、あたしから水を受け取って飲み干した

そしてそのままソファで寝てしまった

多分体力の限界が来ちゃったのかな。こう考えると子供みたいでかわいい……かも?


「ねぇ玲香、2人で呑んだときの話だけどさ」

「2人で呑んだとき?」

「ほら2人が恋人になったあの時だよ。あの時も柚季は呑んでたんでしょ?」

「あー……まあ確かに荒れてたけど」


あたしは美海に、あの日2人で呑んだ時のことを伝えた

ざっくりと柚季の様子だけね

流石にあの日はあたしもショックで混乱してたからあんまり細かいことは覚えてないんだよ

あたしはあの子の彼女になって、あの子を守っていくと決めたことはしっかりと覚えているけど


「なるほどねー……ホント、柚季はもっと報われるべきだよ」


美海は”もう大丈夫だよ”と言って柚季の髪を撫でた


「うん。だからこれまで傷ついてきた分、あたしが癒してあげたいんだ」

「そっか。でも私を忘れたらダメだかんね?」

「生活費を出してくれるし大事な親友……というかペットの美海を忘れたりなんか絶対しないって……ありがとう」


あたしたちは水の入ったグラスで軽く乾杯して、喉を潤した

酔いはすっかりさめてるけど、水を飲んだらさらにすっきりした気がする


「美海」

「ん?」


美海はグラスの水を一気に飲み干して、あたしの顔を見た


「柚季は、少し変わっちゃったけど。その、これからも一緒にいてくれる?」

「んぁ? どゆことさ?」

「その、気にしてない? この子お酒でかなり荒れちゃったからさ」

「えぇ? ……あーそういうこと」


美海はあははと少し笑ってあたしの方を向いた


「玲香ってばまさか、私が柚季のことを嫌いになるとか考えてるんじゃないだろーね?」

「だって。美海すごく驚いてたじゃん。それに柚季に色々されてたし」

「まーちょっぴり驚いたし困ったけど、それでも楽しかったところもあるぜ? それにあんなにべろんべろんになってたけどちゃんと柚季の優しいとこはちゃんと残ってたじゃん! 柚季の良いところは変わらないまま残ってるよ」


美海は柚季の肩からずれ落ちた毛布をかけ直しながらあたしに言った


「良かった。柚季のことキライになったかと思って心配しちゃったよ」

「柚季は私の大事な飼い主なんだからキライになんてなりゃーしないって。それに玲香だってさ? 楽しかったって思ってるんじゃない?」

「うーん……」


あたしは人差し指で頬を少しかく

まあ、退屈はしなかったけどね


「それと、嬉しいことも体験できたでしょ?」

「なっ……それはもういいってば!」


美海が自分の人差し指の先を唇に持って行った

あたしはあのキスの記憶をかき消すように手を振った


「へへへ。今度は玲香が柚季にすっごいキスをする番だね」

「あんなキスに交代制とかないって……もうっ」

「玲香?」


あたしは柚季の頭を少し撫でた


「あたし、今日は柚季と一緒に寝るから。あたしの部屋に連れて行くよ……なんとなく柚季のそばに居てあげたいんだ」

「それでこそ彼女だよ……まてよ?」


あたしが柚季を抱えようとすると、美海は指をパチッと鳴らした


「そうだっ寝室を作ろう!」

「え?」

「まだ使ってない部屋があるでしょ?」

「あーあるよね。空っぽの部屋が」


あたしたちの住んでいるマンションはとにかく大きい

5人分、いやそれ以上住めるくらいには大きいんだ

今はあたしと柚季と美海の3人しか住んでいないから部屋は余りまくってる

たまに柚季がホコリがたまってないか気になるって言って使ってない部屋を掃除しているんだ。あたしは……ホコリとかは気にしないって言えばウソになっちゃうけどそれでもわざわざ掃除するかって言われると面倒なんだよね

美海は……考えるまでもないというか予想通りほったらかしだ。あまり片付けとか掃除とかに関心はないみたい

前に一度、美海の部屋に入ったときの柚季の反応はすごかったもん。足の踏み場はなんとか確保できてるくらいの散らかり様だった

そして柚季が怒って無理やり美海の部屋の掃除を始めてー……まあ今は置いておこう


「で、その部屋を寝室にするって?」

「そうなんだよ! 3人分の布団を買ってさ。それを使ってない部屋に敷いてそこを寝室にしようよ! そうすれば寝てるときでも私たちは一緒だよ!」

「本気?」

「本気本気! ……よしっちゃんとスマホにメモっといたからこれで忘れないっと! 玲香っ明日は3人で布団探しだからね!」

「はいはい付き合うよ」


あーこれは止められないやつだ。美海は目をキラキラさせてあたしを見てくる

またあの心臓に悪いショッピングカートの画面を見ることになるのか……


「あんまり高い布団じゃなくても良いからね?」

「わーってるよぉ。それじゃおやすみぃ玲香っ」

「おやす……あれ寝ないの?」


美海はモニターにつなげっぱなしのゲーム機の電源を入れた


「なんかゲームしたい気分だからちょっとランクマ潜るよ。酔いもさめてるし!」

「もう夜遅いんだからほどほどにしときなよ?」

「分かってるって。どうせ今日は夜更かしするって決めてるから大丈夫っ!」

「そっか。おやすみ、美海」

「おやすみー……あっちょっと待って!」


コントローラーをソファに投げた美海は、柚季を抱えようとしていたあたしにトテトテと近づいてきた

そしてあたしの目の前で背伸びをする


「んっ……おやすみ。玲香」


あたしの唇と美海の唇が重なった

少し触れただけの軽いキス。柚季とは違う。まるで子どものようなキスだ

最も、こいつはあたしと同い年だからとっくに成人してるのだが

背が低いせいでお酒を買うのに手間がかかるのが悩みだそうで

たまにあたしはこいつの姉だと勘違いされたりする


「美海……」

「玲香のことも柚季も、私は大好きなんだよ。今も昔もねっ」


こいつが妹なら今みたいに毎日騒がしかくって楽しかったんだろうな


「あたしも美海のことが大好きだよ。柚季も絶対そう思ってるから、彼女のあたしが保証するよ」

「そんなこと言われたら照れちゃうなぁ?……ほら早く柚季をベッドに連れて行ってあげなよ、玲香と一緒の布団なら柚季も良い夢を見られると思うしっ」

「そうだね。それじゃおやすみ」

「おうよっおーぅやすみぃー」


美海と別れて、あたしは柚季を腕に抱えた

柚季の体は暖かくて、こうやって抱いているととっても心が安らいでくる

この暖かさをあたしは大事にしたい

大好きだよ。柚季

でもお酒はほどほどにしような?

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