第36話

「それにしても玲香はねー?」

「……どうしたの?」


柚季の目がまた変わった

とろんとした目に少し意地悪さが加わった


「玲香は優しくてぇ、頼りになってぇ……とってもえっちだよねぇ~?」

「え、えぇっ!? ああああたしのどこがえっちだって言うのさ!?」

「私知ってるもーん、玲香がたまに私の胸を見ているのっ! ひっく! 」


ば、ばれてたんだ……

さっきまであった胸のドキドキが一瞬で違う意味のドキドキになった

でもしょうがないじゃん! いつも一緒にいるから! 隣に座って肩をくっ付けながらゲームしたり映画見たりしてるからしょっちゅう胸が当たるんだし!?

何も言ってこなかったからてっきりあたしは気にしていないと思ってたけど、ちゃんと意識してたんだ……


「ごっごめん柚季っその……」

「いいの。」

「でも気にしてたのなら」

「しょうがないなぁ玲香ってばぁ……でも私はえっちな玲香も好きだよ? 全部私が受け止めてあげるから」


優しい。とにかくこの子は優しい……んだけどヘタなこと言っちゃうと今あたしの上にある柚季の手がアイアンクローに変貌しそうでコワイ

美海は……あうーっとか言いながらまだぐったりしてる


「ねぇ玲香? 私ね……?」

「う、うん」


柚季はあたしの肩に両手を置いて、満面の笑みを浮かべた


「私ぃ、玲香の……良いお嫁さんになるからねっ」

「えっ!? ゆゆゆ柚季何言ってるのっっ!?」

「むーっ玲香は私をお嫁さんにしてくれないのー?」


柚季があたしの目の前で頬を膨らませた

いやあたしたち恋人同士になったばかりだってのにもうお嫁さんまでいっちゃうの!?


「柚季、嬉しいけどちょっと気が早いんじゃないかなー……?」

「そんなことないのっ! 私は玲香の物なんだからぁ……玲香は私をお嫁さんにするのっ! 良いっ!?」


たまに美海が柚季にお嫁さんみたいだってからかうけど、いざこう本人に言われると恥ずかしいよ

柚季があたしのお嫁さんになったら……柚季のウェディングドレス姿は、ちょっと、いやかなり見てみたい

そうなるとあたしも柚季と一緒にウェディングドレスを着ることになるんだよね?

結婚式の費用っていくらかかるんだっけ、相当高いよね。よく知らないけど

流石に美海を頼るわけにはいかないしー……ってあたし何考えてんだろ

そりゃいつかは柚季と結婚したいけどさ?

待って柚季と結婚!?

結婚ってあれだよね。結婚だよね!?

大きな鐘が鳴り響いて、その下で永遠の愛を誓いあって、それからキス……キスをして……!

あたしと柚季が白いウェディングドレスを着て愛を誓う……!

うん! あたし、頑張って柚季を幸せにする!

絶対に柚季を幸せにします!


「おーい玲香やー目を覚ませー? てかマジで戻ってきてよ! 私一人で柚季の相手は荷が重すぎるからぁ!」

「はっ!? ……美海っ? 戻ってたんだ、というか柚季は?」


美海、いつの間にか復活してたんだ

そしてあたしの膝の上に座っていた柚季はいつのまにか居なくなっていた

見回すと柚季は、帰宅してから雑に放り出したままのあたしのカバンの中を開いてごそごそしてる

彼女なんだし、カバンを勝手に漁られても気にしないけど一体何をするつもりなんだろう

……気にしないとは言ったけど取り出したハンカチを抱きしめるのはやめて欲しい

匂いも嗅がないでよ恥ずかしいからっ!

あたしの匂いを満喫したのか、柚季はあたしのハンカチをカバンじゃなくて自分のポケットに仕舞った

あたしのハンカチ、返ってくるのかな……


「柚季、玲香の匂いにやみつきみたいだね」

「ここに本物がいるんだけどなぁ……それも膝の上に座ってくっ付いてたのに」

「玲香自身だけじゃなくて玲香の物も欲しくなったんじゃないかな」

「あたしの物? まあ柚季だったら何でもあげちゃうけど……そういや今柚季が腰に巻いてる上着って」

「私のだよ玲香……今日私が着てたやつ。いつの間にか柚季が持ってっちゃった」


あの子酔うと好きな人の物が欲しくなっちゃうのかな


「はぁ……柚季にはまた今度あたしの服を貸してあげよ」

「いいね。でも酔ってないときに渡すの?」

「酔ってない状態でも喜ぶかもしれないし、それで柚季が喜ぶならあたしはそうしてあげたいな」


あたしと美海はしばらくふらふらとまるで泳いでいるように動き回る柚季を見守った


「それと、玲香……?」

「ん? 美海ももっとお酒飲む?」

「いやお酒はもういいって。その、さっき柚季とキスしてたよね」

「あれは……うん。あまり思い出させないでよね」


あのキスを思い出す度にあたしの体が妙な反応をするんだよ

こう、切なくなるというか。もっと柚季に触れていたいとか?


「美海は、あたしと柚季がキスしてるときは積極的になったーとか言ってたじゃん。それがどうしたの?」

「いやー……その時は私も良いことだなーとしか思ってなかったんだけどさ? いつも柚季を引っ張っていたあの玲香がされるがままってのは意外だったんだよ」

「だって、あんなに激しいキスなんて初めてだったし」

「だろうねー……それで、さ?」


あたしの隣に座っている美海は、あたしにもっと近付いた

潤んだ目であたしを見上げる


「あんなの見せられたら、私だって、欲しい」

「そっそれなら柚季に言いなよっああなった柚季の行動は読めないけど多分してくれると思うけど?」

「柚季ともしたいけど、でも今は……玲香としたい」


ダメ? と美海に見つめられた

全く……そんな顔されたら……ね?

いつも元気あり余ってるのにこんなしおらしいところを見せられたら混乱しちゃう

この子はペットになってからたまにこう女の子らしいところを見せてくる

どうしよう。とってもかわいい。美海なのに。あのいつもふざけまくってあたしと柚季をからかってくる美海なのに!


「美海……っ」

「玲香……」


あたしは美海の肩をそっと掴んで唇を塞いだ

初めは軽くタッチするようなキス。それから美海の切なさそうな目を見て、また軽いキス


「へへへっ……」


満たされたのかな、美海は潤んだ目のまま笑顔になった

そして甘えた声を出してあたしの唇を塞いできた


「ん~……」


そしてじっくりと唇を合わせた

舌は絡めずに、ただあたしたちの感触をじっくりと味わうために

そしてゆっくりと唇を離して、2人で荒い吐息を交換する


「っ……美海っ」

「玲香……」


美海の熱い吐息があたしの顔に当たる度に、この子が愛おしくなってくる

この子はペット。あたしと美海は飼い主とペットの関係だ

それでもこの子とずっと一緒にいたいな

あたしと柚季を救ってくれたこの元親友のペットは、あたしの前で熱い吐息をぶつけている

そして美海はあたしの胸に顔をうずめてきた

あたしは反射的に美海の背中に手を這わせて、もう片方の手で頭を撫でた


「……あんがと。玲香っ」

「良いって……大好きな美海のためだしこれくらいしてあげるよ」

「玲香ってなんでこう、たまに優しいのかなぁ」

「たまには余計……柚季には負けるけどね」

「確かに、柚季の優しさにはまだまだ遠いねっ」


あたしと美海はまだふらふらしている柚季を見た

酔ってるけど、かわいいな……

ふわふわして、ふらふらして

テーブルにあるあたしのグラスを手に取って、勢いよく飲んでるねー

それから美海のグラスも一気に飲み干したねー……

待ってあたしたちのグラスの中身もお酒じゃん!

あああああどうしよう! 柚季がまたお酒飲んじゃったよ!

ふらふらしたまま酔いがさめたらいいなーって思ってたけどこれじゃさらに悪化するじゃん!


「さーて玲香や。私はもう先に寝るからのぉ。後はよろしく頼むぞい」

「まあまあ美海さんや? もう少し起きていてもいいと思いますよぉ?」


柚季がグラスに残っていたお酒を飲み干すのを見ていた美海はゆっくりと立ち上がって

あたしはその腕をつかんだ


「おんやぁ玲香や、私は寝たいんじゃがのぉ? 逃がしてくれんか?」

「なぁにを言ってるんですかいのぉ美海ぼーや? 今更一人逃げようなんてそうはいかないぞ?」

「へっへっへ……」

「ほっほっほ……」


ぎりぎりと必死にあたしの手から逃れようとする美海、でもあたしはそれ以上の力で押さえつける

一瞬の間があって、それから美海は両手をばたばたと振って暴れ始めた


「ああああ頼むよ玲香ぁ! 来週発売される新しいゲームが出るまでは死にたくないよぉおおおおお!」

「あたしだってあのゲームやりたいんだから死にたくないってのおお! あっこら! 胸をつつくの禁止ぃ!」

「このこのおおっ! 連打できない恨みを玲香の胸で晴らしてやるぅ! 私よりも絶対大きいくせにぃ!」

「あんたのだって十分大きいでしょ!?」


ソファの上で暴れるあたしたち

そこに近づく1人の影があった


「うぇへへへ……まだまだ2人共遊び足りないんだねー?」

「あ……」

「え……」


ゆ、柚季……?

そうだった、美海とじゃれあってる場合じゃなかったよ

柚季はにっこりと笑ってソファの上のあたしと美海を見下ろしていた


「柚季、お酒は……」

「玲香の買ってきてくれたお酒、とっても美味しいよぉ」

「そっかそりゃあ良かったようんうん! それじゃ私はそろそろ寝ようかねーっと」

「柚季もそろそろ寝た方が良いと思うんだよ、だから寝ようか?」


そーっと離れるあたしと美海

よしっこのまま寝る流れに持っていけば柚季の大暴れに巻き込まれることはないっ!

柚季、お願いだから流れに乗って欲しいなー……?


「えぐぅ!?」

「えぇっ!?」

「よぉぉしぃ! みんなで王様ゲームしよー!」


あたしと美海の願いはむなしく、柚季は全然寝てくれなかった

柚季はあたしと美海の肩を掴んで無理やりソファに座らせた

そしてまた逃げられないように、あたしと美海の間に座った


「あわわ……玲香ぁ」

「美海……もう付き合うしかないよ……」

「そう言いながらちょっと嬉しそうだよね玲香……まあ私も柚季が元気になってるのは嬉しいけどさぁ」

「ほら玲香も美海もぉ……王様ゲームするんだからちゃんとぉ! しゃきっとぉ! しなさいぃ!!」

「はっはいっ!」

「いえすまむっ!」


今の柚季のゆるいのか覇気のあるのかよく分からない口調で言われると自然と背筋が伸びてしまう

仕方ない。ノリで逃げようとしたけどあたしは柚季の彼女なんだ

この困った酔っ払いだとしてもちゃんと付き合ってあげよう

例えさっきみたいな激しすぎるキスをまたされたとしてもね。うん

また、されちゃうのかな

次もしされたらあたし、どうなっちゃうんだろ

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