第34話

「れーいかぁー……だーい好きぃーっえへへへへっ」

「う、うん……あたしもその……柚季が好きだよ……?」

「ぇえへへへへ……美海も大好きだよぉ。だぁからっ私にたくさん甘えてねー?」

「い、いえすまむ……」


あたしと美海は首に柚季の腕を回されて無理やり抱きしめられている

柚季のご飯と美海のジャンクフードを一通り食べた後、あたしはソファに座ってのんびりしようって言ったんだけどさ

柚季のテンションだけなんか妙におかしくって、お酒の量の減り方がおかしいと気づいたときにはもう遅かった

あたしと美海は2人がかりで柚季をなんとかソファまで連れて行ったんだけどもうすっかり柚季はできあがっていた


「ほ、ほら柚季っお菓子あるから食べな?」

「ありがとぉっチョコおいひぃー」

「玲香……酔った柚季ってこんな感じだったっけ?」


美海があたしにだけ聞こえるように耳打ちしてきた

少し前のめりになってチョコをもぐもぐ食べてる柚季の隙をついてあたしに顔を近づけている


「学生の頃にみんなで何度もお酒を飲んだりしたけどさ、柚季ってもっとこう、大人しかったよね。いくらお酒に酔ったとはいえこんな風に酔ったりしなかったはずだよ。玲香は何も知らなかったの?」

「正直あたしも予想外だっての。柚季がこんな悪酔いする子になってたなんて知っていたらお酒なんて買ってこなかったって」

「えー? 玲香も知らなかったの? 彼女なのに?」

「そりゃあたしはこの子の彼女だけどさ……でも彼女になったの最近だし」


ごめん美海、流石にここまで柚季のお酒耐性が低くなってたなんて知らなかったよ

でももう柚季はできあがっちゃってるし、どうすれば良いんだろ……


「私の知ってる柚季はもっとこう、お酒をちびちび飲んで派手に酔っぱらってる玲香たちを眺めていたような感じなんだけど。今よりももっとお酒に強かったと思うんだけど!」

「あたしに言われても知らないって美海は酔っ払いの扱い方とか知らないの?」

「えー? そりゃあ会社勤めしてたときは何度かそういうのあったけどさー? 柚季は玲香の彼女でしょー? 玲香が付き添ってあげなよ!」

「もぉ何2人で内緒話なんかしてるのぉ? そんなのめっ! ですよぉ?」


柚季がジト目であたしを睨みつけてきた


「えっ……ええっと……チョコ、食べる?」

「やだ。玲香が食べさせてっ!」

「えっ?」

「玲香に食べさせて欲しいの! ほらっ彼女が待ってますよー?」


美海に目線を送る。美海は目であたしに訴えかけてきた

”やれ、やるんだ玲香”

……こいつもお酒が回ってきたのかもしれない

あたしは諦めてチョコをつまんで柚季の口に持っていった

でも柚季はつーんっと言ってそっぽを向いた


「違います! 口で食べさせて欲しいの!」

「くっ口で!?」

「そうですぅ! チョコ食べたいけど玲香とキスもしたいのぉ!」

「わ、分かったよ……」


これじゃまるで鳥の餌付けだよ……

あたしは一口サイズのチョコを口に咥えて、それから柚季の顔に近づいていく

柚季……どうしてこんな酔っ払いになったの……?

とりあえずとっとと終わらせて酔いを醒ます方法を探し……んぐぅうう!?


「んーっ!」

「んんっ……!?」


柚季があたしの肩をわしづかみにして力任せにあたしの唇を奪った

貪るようにチョコと、あたしの唇を味わう


「んっ! ゆじゅき……!」

「んんっ……んんっ!」


あたしは離れようと抵抗してるんだけど、柚季はあたしをぜんっぜん離してくれない

ぎりぎりとあたしの肩に力を入れて握っている

いつも大人しいこの子のどこにこんな力があったんだろうねホント!

あぁあああ!!! チョコが着いた柚季の舌があたしの中に入ってきた!


「んんー! んんんー!!」

「柚季がこんなに積極的になるなんて……成長したんだねぇ」

「んんっ! んぅんん! んっんっん!!!」


これ成長とかそういうのじゃないでしょ!?

酔っぱらってるだけだっての!

普段の柚季だったらこんなキス絶対してこないよ!?

柚季の舌が逃げるあたしの舌を蛇のように絡めてきて、チョコをコーティングしていく


「ゆっゆずっ……!」

「ん~っ」


あたしは柚季にされるがままだった

なんか、大切な物を失った感じがする……いや別に何も失ってなんかないんだけどね?

柚季の舌はあたしの口の中を蹂躙していった


「ぷはっ……えへへぇ。玲香のキス。すごく良かったよぉ」

「そ、そうですか……っ」


ようやくあたしは解放されて、2人で荒い吐息をぶつけ合う

い、一瞬だけどもうこのままずっと何も考えずに柚季に好きにされても良いかなって思っちゃった……あたしもお酒が回ってきたのかもしれないな……!


「ゆ……柚季……?」


頭がふらふらする……キスが長すぎてちょっぴり酸欠だよ……

もう柚季っあたしの頭を撫でないでって……いつもならともかく今そんなことされたら不気味だよ

抗議の声を出そうにも力が出なかったあたしを置いて、柚季はすっと立ち上がった


「あ〜私トイレ行ってくるねぇ。玲香も美海も良い子で待ってるんだよ?」

「はーいはい。私はいつでも良い子だぜーぃ」

「ごゆっくりー……」


リビングを出ていく柚季が千鳥足にはなっていないことを確認すると、あたしと美海は素早く体勢を整えて向かい合った

酸欠気味になったけど今はそんなこと気にしてられないっ!


「やばいよ玲香っ今の柚季は柚季だけど柚季じゃないよ!」

「落ち着きなって、すっかり出来上がってるけどちゃんと柚季だよ」

「そりゃー優しいところとか面倒を見たがるところとかは柚季らしいけど、流石にあれは異常だよ!」


流石の美海もあの柚季には心底驚いたみたい

大学時代の、お酒が入っても大人しかった柚季を知っているからだろうね


「まああたしもびっくりしてるけど、あの柚季もちゃんと受け止めてあげようよ? いやホントあのキスはびっくりしたけどさ」


まだあたしの舌は柚季の舌の感触をしっかりと覚えている

お酒のせいなのかな。あのキスを思い出すとなんかこう……胸が……ね

なんか、もの物足りないという訳の分からない感情まで出てきたんだけど

ひとまずさっきのキスを思い出すのはやめとこ……変なことを考えちゃうのもきっとお酒のせいだよ。

うんっ柚季好きっ! 大好きっ!

よしっ! いつものあたしに戻ったっ!


「玲香もちょっと混乱してるじゃんか……そういや玲香と柚季って仕事をクビになった時に2人で呑んでたんだよね? その時も柚季はあんな感じだったの?」

「どうだろ……確かに派手に酔っぱらってはいたけど」

「まあ状況を聞く限りだと玲香もあの時は、冷静じゃなかっただろうし? でもなんであんな酔い方になっちゃったんだろね」

「うーん……仕事でひどい扱いを受けていたらしいから、その影響かもね……以前に増してあたし達に甘えさせるのが好きになったのもそのせいだと思う。人間ってヒドイ目に遭い続けると他人に優しくなることがあるって聞いたことがあるし」

「なるほどね……一体会社でどんな目に合ってたんだよ柚季ぃ」


宙を仰いだ美海は一瞬目を見開いた


「……あ」


そして顔がどんどん青くなっていく


「どうしたの? まさか美海までお酒にやられちゃった?」

「違うよ……」

「じゃあどうしたの?」


美海が黙ってゆっくりと首を振った


「れ、玲香……さっきから柚季が食べてたチョコ……」

「あー……よく見てなかったけど、なんか無心で食べてたよね。あたしも1個渡したし」


できあがった柚季をソファに連れて行って最初に渡したあのチョコだ


「そのチョコなんだけどさ」

「うん。そういえばどんなチョコなんだろね?」


あたしが聞いた直後、美海は恐ろしいことを言った


「あれ……ウィスキーボンボンだよ……」


美海の一言を聞いた後、あたしと美海は2人揃って後ろを振り返ると

そこにはとんでもなくかわいい……じゃなくて恐ろしい存在が立っていた

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