第31話

「あー……」


あたしはぼんやりと目を開けると、大きなモニターが見えた

モニターには映画の評価を促すサブスクの画面が映されていた


「あたし、寝ちゃってたんだ……」


ここはいつものあたしの部屋じゃなくてリビングだ。ソファに座ったまま寝てしまったんだ

目の前のローテーブルには袋を広げたままのお菓子やピザの空き箱、ジュースの紙パックが雑に乗っていた


「昨日は楽しかったな……色々あったけど」


昨晩は美海がピザやハンバーガー、あとチキンの宅配を頼んで、しかも3人でコンビニに行ってお菓子とかジュースを買い込んだ

そして料理やお菓子をつまみながらたっくさんゲームをして遊んだ

最後に映画を見て、そのまま3人とも寝ちゃったんだろう

あたし達が大学時代によくやっていた遊びだった

楽しかったな……あと美海、ゲーム上手くなりすぎだよ。ランクマに入り浸ってる相手に勝てる訳ないって

美海の対策を考えておかないとね……次は絶対負けないから


「柚季……?」


腕を伸ばして伸びをしようとしたら片腕が何かにくっ付いていて上がらなかった

柚季だ

柚季はあたしにくっ付いて、あたしの片腕を抱きしめたまま寝ていた


「そういやあたし、毛布持ってきてたっけ……?」


毛布を持ってきた覚えはないから柚季か美海のどちらかがあたしに被せてくれたんだろう


「この毛布、柚季の匂いがする……」


どうしよう。朝からドキドキしてきちゃった

というかあたしの腕、柚季に抱かれてるんじゃんっ

柚季の体、すっごく柔らかくて温かい……


すぅすぅと寝息を立てて寝ている

安心しきった寝顔だ

……昨日はまた不安になってたけど、今はこうして安心してくれている

そう思うとドキドキは少し収まった

あたしは柚季から美海へと目を移した


「ありがとう。美海」


あたし達の座っているソファから離れたところにある1人用のソファ

美海のお気に入りだ

そんな1人用のソファは美海の定位置になっている

そのソファに美海は毛布を被って寝ていた

……あ、よだれ垂れてる


「美海がいてくれなかったらあたし達、こうして一緒に過ごせてなかったかもね」


本人には聞こえていないだろうけど、お礼を言いたくなったので言った

この親友が生活費とか色々出してくれたおかげであたしと柚季はこうして生活できてる

もちろん、親友の美海と一緒に暮らせているのも嬉しいよ

今はペット扱いだけど


「……玲香ぁ……?」

「おはよう。柚季」

「おはよぉ……」


もぞもぞと柚季があたしから離れて伸びをした……と思ったらまた腕に抱き着いてきた


「起きて最初に見るのが玲香なのって、すごく嬉しいな」

「なっ……うん、そうだね……」


どうしよう。寝起きの柚季ってこんなにかわいかったっけ……?

寝ぐせが付いた髪、だらしない寝相……今の柚季は無防備この上ない

しかも目が覚めて最初にそんなこと言われたら彼女として嬉しすぎる


「ふふふ、玲香ったら今ドキドキしてるでしょ?」

「わ、分かる?」

「うん、だって顔真っ赤だもん。嬉しいな。私でドキドキしてくれるなんて」

「やだ。そんなに見ないでって恥ずかしいよ」

「えー? 照れてる玲香かわいいのにー?」


柚季はくすくす笑って腕を伸ばしてあたしの頬を突いてきた

あとこの子ってやっぱり大きいよね

あたしもよく大きいって言われるけど柚季だって大きいんだ


「えへへ……玲香ぁ。玲香玲香ぁ」


柚季は声も体も弾ませてあたしに身体を擦り付けてくる


「柚季ー? そんなに抱きしめられたらあたし動けないんだけど?」

「だーめ却下しますー彼女の言うことは聞くものですよ? ふふっ」


そう言って柚季はあたしの胸に顔をうずめた

こうなったらしばらくは動けなさそうだね

まああたしも柚季とこうやって抱き合ってたいし良いんだけどね


「……昨日、玲香たちが私をかばってくれたの。本当に嬉しかったの」

「柚季と離れ離れってのは嫌だったからね」

「うん……私ね? 今でも不安になることがあるの。玲香たちと一緒に暮らしているこの状況が夢なんじゃないかって、朝起きたら全部元に戻っていて、玲香と美海もいなくて私はまた独りぼっちで、あの会社でまた怒られながら仕事をしていて……怖いの。」

「柚季……」

「今、こんなに幸せになったから。この幸せが嘘だったなんてことになったら私。もう二度と立ち直れないと思う……」


あたしは手を柚季の頭に乗せて、ゆっくりと髪と頭の感触を味わいながら撫でた

この子の傷はまだ癒えていないんだな


「でもね? 朝起きたらちゃんと玲香たちがいてくれている。今はこうやって玲香と抱き合えているのが私嬉しいよ」


柚季は顔を上げてあたしの目を見た


「ごめんね? 朝からこんなにモヤモヤしたこと言って」

「良いって。あたしも似たようなものだし」

「どういうこと?」

「あたしもね。今でもクビにされた時の上司の言葉ははっきりと覚えているんだ。その時の上司の表情も声色も……フラッシュバックというかさ? 不意に思い出しちゃうんだ」

「……玲香も、なの?」

「そうだよ。忘れたくても全然忘れられないんだよ。忘れた方が良いと分かってるんだけどさ、柚季と美海と一緒に笑っているときに思い出しちゃうんだよ」


会話中にいきなり1人で落ち込むってことはしたくないからなんとかこらえているけど、それでも辛い

でも、あたしより柚季の方がもっと辛いだろうしあたしはそんな柚季を守るんだから落ち込んではいられない

でも、せめて……


「柚季、頭上げて?」

「ん……?」


あたしは頭を下げて柚季に顔を近づけた

唇に柔らかい感触が伝わる

柚季は目を閉じてあたしの唇を受け入れてくれた


「このキスは嘘じゃないよ。嘘になんかさせないから」

「うん。ねぇ玲香……?」

「……うん」


柚季があたしを潤んだ目で見つめた

まだ足りないみたい

そっと腕で柚季を包み込んで、静かに柚季の唇を感じた


「えへへ……優しいキスだ……」


ゆっくりと唇を離して柚季の顔を見る

柚季の吐息があたしの唇に当たった


「ね、柚季。これから嫌な思い出を思い出したらさ。こうやってキスしようよ」

「思い出したら……キスするの?」

「そう。あたしは柚季を……体だけじゃなくて心も守りたいし悪い思い出で傷ついてほしくないんだ。だから嫌なことを思い出してまた傷つく前に、あたしがその思い出を塗りつぶしてあげる」


柚季がそばにいてくれたらあたしは強いあたしでいられる

柚季にガッカリしてほしくないからね


「玲香も、また上司のことを思い出したら私のところに来てね? 2人でたくさんキスしよう? 私だって玲香のためになりたいんだもん」

「……ありがと、柚季」


あたしも柚季と触れあいたい。でもあたしはもっと強くなりたいんだ

甘えてばかりはいられないよ

どうすればこの子をもっと安心させてあげられるのかな

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