第28話

「聞いたでしょ? 柚季はあなた方の会社に行きたくないって言っているんです。だから今日はもう帰ってもらえますか?」


「……信じられませんね」


「それではいつ就職できるか怪しいものですね。 お金を稼げない人はダメなんですよ?」

「はぁ……はい」

「あなたほどの人間は初めてですよ。加賀さん? あなたの他の同年代の方はもっと良い働きをしていますよ?」

「……あっ……ぁ……」


柚季の顔からどんどん生気が無くなっていく。目に涙を浮かべて視線を下げた


「お話を……いただけた時は嬉しかったです。でも私は、2人から離れたくなんてないんです……ごめんなさい、ごめんなさい……」

「ごめんなさい。ですか。どうしましょうか? それでは困るんですよ。加賀さん、あなたはお金を稼ぐ必要があるのはないですか? どうなんですか? 答えてください」

「私は……私はっ……!」


あたしは拳に力が入りそうになるのを抑えた

こいつ、なんでこんなに柚季を詰めるんだ


「ちょっと待ってください! 柚季が怖がってるじゃないですか! お金を稼ぐとかそんなの今はどうでもいいんじゃないですか!?」


あたしの柚季をこんなに怯えさせて、まるでクビになった日のあの時みたいな顔をしている

あたしは、柚季のそんな顔だけは見たくないんだ

もう二度とそんな顔をさせたくないからあたしは柚季の彼女になったんだ


「そうだよ。お金なんて、私が全部出してあげるって。何度言ったら分かるのかな」

「……美海?」


待ちくたびれたのか、それとも何か違和感を感じたのか。リビングから美海がやってきていた

これまで見たことのない真剣な表情でつかつかと歩いてくる


「あなたは……」

「どうもおさしぶりです。私のこと、覚えていらっしゃいますか?」

「いえ、あなたのような方は特に……あっ」

「あなた、まさか……」

「桑原美海です。以前御社にお世話になっていましたね」


スーツの2人は目の前にやってきた子のことを思い出したようで、2人揃って口を開けて美海を見つめた

美海は見た目も性格も目立つからそう簡単には忘れることはないんだろう


「美海、この人たちのこと知ってるの?」

「私を虐げていた部署の人たち」

「それって、柚季が帰ってくる前に言っていたあの……?」


美海はあたしの方を向かずに目線だけを送ってきた

そして小さくうなずく


「意外だよ。まさかまた会うなんて」


美海はあたしと柚季の間に立った


「あっ……あなたは弊社とはもう関係のない人ですよ。話に入らないでいただきたいですけれども?」

「いいえ。柚季は私の飼い主ですので関係はあります」

「飼い主……?」

「はい。なにせ私は柚季と玲香のペットですから!」


この子、ついに他人に言ってしまった

美海の首に着けている赤い首輪が玄関の照明に照らされて光っている

その首輪に指さして胸を張る美海だった

ほんの少しだけ、そう僅かだけど混乱しているスーツの2人に同情した

まあ柚季と美海への仕打ちを考えるとこれじゃ全然足りないけどね


「頭が痛くなってきましたよ……」

「そうですか、存分に頭を痛めてください」


美海は氷のような視線でスーツの2人を見上げた

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