第25話
植物園デートの服装のままだった柚季が部屋着に着替えてきた
そしてそのままエプロンを着けてキッチンに立つ
「おまたせー。じゃあ晩ごはん作るね?」
「お願い柚季ー。私もうお腹すきすぎてどうにかなっちゃいそうだよ。植物園を出たときはまだ夕方だったのに気が付けばもう夜だし。まさかこんなに遅くなるなんて思わなかったよ」
「ごめんね美海。私のお話が長くなって」
「良いって柚季は悪くないじゃん。ね、玲香?」
「うん……その」
美海と話して、それで決断したんだ
柚季としっかり向き合わないと!
「玲香? どうしたの?」
「柚季、話があるの」
「話?」
「そうなの。あっご飯が少し遅れても大丈夫だよ、その分あたしと美海も手伝うからさ。だから今は話したいことがあるんだよ」
おい美海、嫌そうな顔をするんじゃないっての
あとスマホを取り出すのもやめなって。こいついざ手伝うとなったら絶対宅配に頼る気だ
「話……? そっか」
あたしが話したいことが何かを察したんだろう。手に持っていたじゃがいもとピーラーを置いてあたしの前にやってきた
「柚季、あのね?」
「うん」
柚季は腕をおろして手を組んだ
真剣さのあるけど柚季の柔らかさもある表情だ
美海は助かったと息を吐いてスマホをポケットに突っ込んだ
「今日のデートの帰りのことだよね? 私が仕事に復帰するっていう」
「そう。……あのねっ柚季っ!」
「ふふふ玲香。顔真っ赤だよ? かわいいっ」
「えっ……もう! 今は真面目な話をっ」
「ごめんね。でも私」
「柚季!」
気が付けばあたしは拳を握っていた
そして柚季の顔をじっと見る
「あたし。柚季に復職して欲しくない! あたしは柚季と一緒にいたいの! 3人で一緒に寝て、起きて、ご飯も食べて、それから一緒に遊んだり仕事を探したりしたいの! あたしっ柚季と離れたくないんだよ……大好きだから、柚季の彼女として……大好きなの! あたしは柚季こと、恋人として好きなの! 仕事に復帰できるっていうのにヒドイこと言ってるのは分かるよ。でも、あたしは柚季と一緒に暮らしたいの!」
どうしよう。こんなにまくしたてて。でもっしょうがないでしょ! 柚季への想いを言えば言うほど胸がせつなくなるんだし!
それにあたし、柚季を守っていくつもりだったのにこれじゃ足を引っ張っているだけじゃん……!
「玲香……」
「あっ……ごめんっ! せっかく復職できるのにこんなこと言って……! あたしってこんなに自分勝手な女だったんだ……あはは」
もう消えてしまいたい。でも消えたくない。柚季が、柚季が好きだから
「……ありがとう。玲香」
「……え?」
「私も好き。ううん。大好きっ」
「柚季っ……」
「私もずっと玲香と一緒にいたいと思ってるよ? だって彼女だもん。一緒に暮らしている好きな人と離れるなんて嫌だよ」
「でもっ復職したら社員寮に入るんじゃ……」
「知ってたの? ……美海が調べたんだね」
ちらりと柚季が美海の方を向いた
「そりゃあ大事な柚季が入る会社の情報くらい調べたくなるって。玲香も興味津々だったし!」
「ふふふ、簡単に想像できるね」
「あわあわしている玲香を見せてあげたかったよ」
「ち、ちょっと美海っ……!」
あわあわなんてしてないって!
いやでも結構取り乱してたかも……
「それで柚季、玲香の告白にどう答えるのかな?」
「そうだね……あのね? 玲香」
息をのむ
美海のからかいでちょっと落ち着いたけどそれでも柚季の顔を見るとまた心臓が跳ねる
「私ね、お仕事の誘い。断っちゃった」
「……え?」
「玲香と美海と別れてあの会社の人と一緒にカフェでお話したの。”柚季さんと一緒に仕事がしたいです。柚季さんは私たちの会社に入るべきですよ”って言われたんだ。」
「やっぱり強く誘われたんだ」
「うん。最初はやっと仕事が見つかったんだーって嬉しかったの。でも入社する手続きとか住む場所とか色々聞いていくと、おかしいなって思ったの。玲香や美海と別れても良いのかなって」
「柚季……それじゃあ!」
「うん。私はあの会社には行かない。大好きな玲香と美海と一緒に居られないのは嫌だもん」
身体の力が抜けていく
「はは……あたしはてっきり柚季が復職を決めちゃったと思ってた」
「えー、なんで?」
「だってあのスーツの人の様子を見た感じだと良い会社って雰囲気があったからさ、柚季ならあっさりと行っちゃうかなって」
「もぉ玲香ったら……約束でしょ? 私たちはずっと一緒だって。2人で飲んだあの日に玲香がそう私に言ったんだよ? 嬉しかった。あの時の玲香は優しくてかっこよくって、女同士で付き合うことなんて……ちょっとは気になったけど、それでも玲香が良いって思ったの」
「あたしと柚季は恋人同士でこれからずっと一緒……そうだよね」
柚季はゆっくりと首を縦に振った
「私を救ってくれたのは玲香だよ? 大学を卒業してあのひどい会社にいたときの私はずっと凍り付いていた。考えるのをやめちゃった方が楽だったから。でも玲香がいてくれたから今こうして幸せになれているの。玲香がいなかったら私は今実家で1人で誰にも会わずにふさぎ込んでいたと思う」
「あたしだって。柚季がいなかったら美海にもまた会えなかったしクビのショックで立ち直るのも時間がかかってたよ」
あたしは身体にもう一度力を、少しだけ入れて柚季に近づく
もうこれ以上先延ばしにはしたくない
緊張するし恥ずかしいけど、ここでやめるのはもっとイヤ
「柚季っいくよ」
「うん……」
あたしは柚季を抱きしめた
胸と胸が重なって、腰もくっついて、そして腕を後ろに回した
すぐ近くで見る恋人の顔はとてもかわいくて、愛おしくて、目は潤んでいていた
柚季の吐息があたしの口元に当たる。あたしの息だって柚季に当たっているはずだよね
その柚季が今、何を欲しているのか。あたしにだって分かるよ
「……っ」
「……」
柚季の唇は柔らかくて。なんていうか、濡れていた
「柚季……」
「大好き。玲香……大好きっ……!」
唇を離すと、また切なさが蘇ってきた
その切なさをごまかすようにまた柚季の唇を重ねる
最初にした時、柚季は体をぴくっと跳ねさせていたけど。次からは違った
積極的にあたしの唇をついばんでくる
「ぷはっ……」
「……玲香ぁ」
キスをしている時は目を閉じていたから分からなかったけど、柚季の目はとろんととろけていた
柚季の、いや自分の彼女の見たことのない表情に少しびくっとした
「ずっと、ずっとこうしたかったの……玲香と2人でっ……大好きな玲香と……」
「あたしも……遅れてごめん」
「いいの……だから……」
「うん」
また2人でお互いの唇を奪いあう
柚季と付き合ってから美海と再会して、一緒に生活を始めて、3人でデートもして
それでもできなかったキスがようやくできた
なにこれ、柚季とキスする度に柚季のことが好きになっていく
好きっ柚季が好きっ!
「……激しかった……?」
「ううん……嬉しい。玲香っ玲香ぁ……」
ようやく塞がっていた唇を離して、2人で肩を揺らして呼吸する
柚季の吐息は熱くて、口を開けたまま呼吸しているのがとてもかわいい
「ありがとう。あたし達を選んでくれて嬉しいよ」
「私は玲香の傍に居たいの。それだけだよ。玲香の、彼女だもんっ。それに……」
柚季はあたしから腕を離して、美海に向いた
そして両腕を広げる
「へへへっ柚季ぃー!」
「美海とも離れたくないよ。美海も私の大好きな人だからっ」
美海が柚季の胸に飛び込んだ。柚季の胸に顔をうずめて気持ちよさそうに喉を鳴らしている
美海の頭を撫でている柚季も目を細めていた
「2人とも私のこと忘れているかと思ったぜ? あんなにすごいキスしてたんだし」
「忘れてなんかないよ。でもそんなに……すごかったの?」
「そりゃあもうねっ……見てる私もドキドキしたんだからね?」
「言わないでよもう、恥ずかしいのよ?」
「へへへっでも嬉しいでしょ? やっと2人ともキスできたよね」
「うん……」
「まあね……」
柚季に視線を送ると柚季もあたしに視線を送っていた
目を合わせるつもりはなかったので思わず目線をずらしてしまった
あたし、柚季とキスしたんだよね……今になって少し恥ずかしくなってきた
「ね。柚季……」
「どうしたの。美海?」
「玲香だけじゃないんだよ。私だって、柚季に行ってほしくなかったんだよ……? また柚季に会えたのにまた離れちゃうのは寂しいよ」
「ごめんね。心配させちゃったね」
「柚季ぃ……」
「……っ」
柚季が少しだけ頭を下げて、美海の唇を塞いだ
美海の目から涙の筋が垂れた
「美海も、私の大事な人だよ。玲香と一緒にずっと暮らそう?」
「当たり前だよ、柚季も玲香も私がいないとダメだからねっ……んっ……」
長い口づけが終わると、次はついばむように小さいキスを繰り返し始めた
自分の恋人がほかの人とキスをしているというのは少し変な感じ……というか普通なら嫉妬の一つでもすると思うんだけどそんな感情はでてこなかった
あたしと柚季が女同士だからなのか、柚季がキスをしている相手がペットの美海だからなのかは分からないけど、2人のキスには嫉妬とは違う別の感情が出てくる
……あたし、さっきはこれよりもすごいキスしてたんだ
うん。すっごく恥ずかしいな!
「っ……植物園の時のキスとは、全然違うね……」
「あの時は美海の不意打ちみたいなものだったでしょ? 今は私からもしてるんだもの。だから全然違うよ」
「へへ……大好き」
「私も……」
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