第24話

「あったんだよ。海外の企業でさ? 誰でも知ってるような有名企業。そこから”一緒に世界を変えよう”ってメッセがね」

「そんな映画みたいな話、本当にあるんだ……世界を変えよう。なんて」

「まあ日本語と英語の表現の方法って割と違うからね、日本語で話す私たちにとって映画みたいな表現でも英語圏だと当たり前のように使うフレーズとかあったりするんだよ。まあ”世界を変えよう”ってフレーズが一般的かどうかは知らないけどさ」


美海が泣き止んで落ち着いた頃。外はもう赤い夕陽に染まっていた

柚季の帰宅は遅くなるみたい。早く会って話したいけど本人が”待ってて”って言うなら待つしかない

ということであたしと美海は晩ごはんをどうしようかと2人で考えていたんだ

それでも結局柚季を待ちたいからもうしばらくは待つつもり。

その間にあたしは美海のプログラマーの話を聞いていた


「カリフォルニアのさ。ほら有名なあそこだよ」

「有名って言われてもなぁ。ごめん、あたしはよく知らないや」

「えー? 日本でも知っている人は多いだと思うんだけどなぁ。勉強不足だぜぃ玲香?」

「はいはいどうせあたしは勉強のできない子ですよ……それで、そのカリフォルニアにある企業から一緒に仕事をしようって誘われたって訳ね」

「そうだよ。まあもうどうでも良いけどね。もう終わった話だし」

「終わったって……その話っていつ来たの?」

「確か昨日か一昨日くらいだった気がする。アメリカだと時差があるしはっきり覚えてないや」

「一昨日ってそれ本当!?」


数日前じゃん! あたしと柚季と一緒に住み始めていてなんならもう一緒にワイワイやってたじゃん!

あたしと柚季と一緒に遊んでいる時はそんな大きな話が来ていることはもちろん、悩んでいる素振りすら見せなかったのに

美海はあたしの隣で身体を左右に揺らしながら答えた


「そうだけど、なんでそんなに驚いてるのさ?」

「そりゃ驚くって! アメリカの有名企業に誘われたってことでしょ!?」


今の柚季とあまり変わらないんじゃないの!?

ある日”実は私アメリカに行くんだー。だから3人での生活はお終いだぜ!”って言われたらとてつもなく悩むところだったよ!?

本人の問題以前に、あたしと柚季はこの美海にお世話になっているから止めることなんて絶対にできないよ


「給料とかすっごいんじゃないの?」

「そうとうアバウトに考えると……日本円だと年収1億以上はまず確定だろーね」

「い……1億……」


どうしよう。頭がくらくらしてきた

今でも美海の収入はとてつもない。社員時代のあたしと柚季が足元にも及ばないくらいだ。

それなのに億なんて、宝くじでしか聞かないような額だよ?


「玲香。なに頭をふらふらしてんのさ? お腹空きすぎた?」

「違うっての……それで、その、美海はその話は受けるの?」


まさか柚季以上に凄まじい難関があったとは思わなかった

柚季の前にまず美海を説得しないとこの生活が終わっちゃう


「うんにゃ。蹴ったよ」

「……え?」

「お。ふらふらしてたのがピタッと止まったね」

「美海。蹴ったって……?」

「おーともさ! 蹴っ飛ばしてやったぜ相棒!」


美海は寝ころんだまま片足を宙に伸ばして、あたしに向かって親指を立てた

そしてあたしが寝転がった美海を膝枕する形になった。まあ良いけどさ


「つまり、断ったってこと……?」

「そう! だって今の生活の方が良いし?」

「でも。億万長者になれるんでしょ?」

「全くホントに玲香は玲香だなぁ……私は玲香と柚季と一緒にいたいの! いくらお金持ちになれたからってみんなと一緒じゃないと嫌だよ」


美海は膝枕したままあたしの方に顔を向けた

くすぐったいから匂いを嗅がないでよ……


「ここにいても十分お金は稼げるんだから海外に行ったりなんかしないよ。玲香と柚季のペットとして2人の面倒を見てあげるんだから」

「ペットに面倒を見てもらう飼い主ってのもどうかと思う……でもすごく助かってるし嬉しいよ」

「へっへー。玲香ってば私が海外に行っちゃうって思ったんでしょ?」

「当たり前だっての! お金が稼げるんならそっちに行くって普通考えるでしょ!」

「玲香はまだまだだねぃ。そりゃーお金は大事だけど、それよりも大事なことってあるし実際にお金じゃない選択肢を取ることってあるんだよ」

「あたしにはよく分かんないよ……今は文字通り給料がない状態なんだから」


これがお金持ちの感覚なのかな……

ドヤ顔をしている美海の顔を指でつんつんしていると玄関の方で物音がした


「玲香」

「うん。分かってる」


柚季だ。柚季が帰ってきたんだ

美海は飛び起きて玄関の方に向かっていった

あたしも少し遅れて美海に続いた

でも、柚季にどんな言葉をかけてあげたら良いんだろう


「美海、玲香、ただいま」

「おかえり柚季ぃ、待ってんだよー?」

「ごめんね美海。思ったよりも時間がかかっちゃった」

「柚季、その……おかえり」

「玲香っ……ただいま」


柚季はあたしを見て笑顔でただいまを言ってくれた

重大な話の後だっていうのに、柚季の雰囲気はそれを感じさせない

むしろ思いつめていた方が話しかけやすいんだよね。でも柚季に暗い顔はしてほしくないよ


「えっと、とりあえずリビングに行こう?」

「うん。2人ともご飯まだなんだよね? すぐに作るから待っててね」

「さーすが柚季ぃ! 私と玲香がまだ晩ごはん食べてないって分かるんだ?」

「えへへ。2人のことだもん、なんとなく分かるよ」

「その……美味しいの、食べたいな……?」

「うんっ! 楽しみにしててね!」


柚季はそう言うとリビングに向かっていった

ぼーぜんと立ち尽くすあたし

隣にいた美海があたしをじとーっと睨みつけた


「玲香ぁ?」

「いやその、柚季も疲れてるみたいだし後でも良いかなって」

「まー分からなくもないけどさ……」


頬をぷくーっと膨らませたまま美海がリビングに向かった


「話すのは……柚季が着替えた時で良いよね」


誰に向かっての言い訳か分からないけど、とにかく柚季とちゃんと話さないとね

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