第22話

「美海、あたしだよ」

「玲香? ……どうしたのさ」


あたしは美海の部屋の前にいた

ドアをノックして声をかけても美海は開けてくれない


「入っても良い?」

「ゴメン、今コーティング……えっとその、プログラミングしてるから」


さっきのあたしの態度に呆れちゃったのかな……

全然あたしの話を聞いてくれる雰囲気じゃない。それでもめげたらだめなんだ

柚季のためなんだから


「柚季のことなの。美海に聞いてほしいんだ」

「……」


数秒間の沈黙の後。美海は答えてくれた


「玲香はどうするか、決めたんだ?」

「うんっ。だから美海に聞いてほしいんだよ、あたしがどうしたいかを!」


ドアが開いた


「ちゃんと聞かせてよね?」

「もちろんっここじゃなんだしリビングに行こうよ……それと、ありがとう。出てきてくれて」

「まあ、飼い主が出てきてって言うならペットの私は出るしか選択肢はないよ」


そう言い終わると美海はトテトテと先にリビングに向かった


「こんな時でもペットと飼い主か……」


あたしは少し呆れた。でもそれで良いんだよね

あたしと柚季の2人が美海の飼い主で、そんな今の生活を続けるために柚季を復職させないんだから

あたしと美海は再びリビングに戻ってきた

今度は雑にスマホを触ったりしていないし、美海もパソコンを開かずにあたしをじっと見つめていた


「それじゃ結論から聞くよ? 玲香はどうしたいの?」

「あたしは……」


あたしはすぅっと少し息を吸って、美海を見つめた


「あたしは柚季に復職……あの会社に行ってほしくない。柚季を止めたい」

「良かった。玲香はそうじゃないとね」

「美海は……聞かなくても分かるかっ」

「とーぜんっ! 柚季がいない生活なんてもうイヤだからねっ……それでさ?」


美海は身を乗り出した


「何か案はあるの?」

「それは……まだない」

「だよねー」


美海は目を細めて軽く手のひらを上げた

ぐぐ……美海のあれはバカにしているときの仕草だ


「だってしょうがないでしょ! まだほとんど情報とかないし案とかまともに考えてないんだから!」


そういやまだスタート地点に立ったばっかりなんだよね

あたしと美海との生活を続けるか、それともあの会社に就職してしまうか

そして今はあたしの意思が決まったってだけなんだから

……あれ、でもさ?


「ねぇ美海、そもそも柚季があの会社に就職したとしても、あたし達と一緒に生活はできるんじゃないかな」

「え? なんでそう思うのさ?」

「だってここから会社までは普通に通勤できる距離なんだし別にここを出ていく必要なんてないんじゃないの?」


美海は少し固まって首をかしげた


「玲香ってば私のパソコンを見たんじゃないの? もう知っていると思ってたんだぜ?」

「え? もう知っているって何が?」


数秒間の沈黙。あたし達は2人そろって目を点にして見つめ合った


「はーこれだから玲香はーってあんましふざけている場合でもないか。これ見なよ」

「うん?」


美海は置きっぱなしだったパソコンを開いて、少しだけキーボードを叩いてからあたしに見せてきた


「社員寮……?」

「そう社員寮。あの会社ってばご立派なことに社員寮があるんだよ」


美海があたしに見せてきたのは、あの会社についてのレビューサイト、会社自身の公式サイト、そして地図だ

社員寮なんて文化はよく知らないけど、その社員寮は結構規模の大きそうな建物だ


「さすがに全員って訳じゃないと思うけど、あの会社に就職したら寮に入ることになるんだよ」

「つまり……」

「そう。ここから通勤することはできないんだよ」

「でもさ、寮に入りたくないって言えばどうにかなるんじゃないかな?」

「そうだと良いんだけど柚季は1人身だし、新入社員だからあんまし希望が通ることもないだろーね。」


最後の望みはあっさり断たれてしまった

というか初めからそんな望みなんてなかったんだ

社員寮

社員達が暮らす建物で、おそらく社員以外は気軽に入ることはできないだろう

そこに柚季が入ればいよいよあたし達と一緒に過ごすことができなくなる

追い打ちをかけるようにレビューサイトには社員寮だとひどい暮らしになるっていう書き込みがある


「あたしも一緒に行くとかできないかな……彼女だから家族ってことでさ? 美海はペットなんだから家族じゃん」

「私もそうしたいけど無理だよきっと。社員たちの寮なんだからそれ以外の人は入れないって」

「だよねぇ……」

「それにさ?」

「……それに?」


美海は少しうつむいて、会社の公式サイトを一瞬だけ開いてブラウザごと他のタブを巻き込んで閉じた


「私、この会社とは関わりたくない」

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