第21話
「柚季、行っちゃったね」
「ちょっとお茶してくるだけでしょ」
「玲香は気にならないの? 柚季のこと」
「んー……」
マンションのリビングであたしと美海は2人でソファに座っていた
いつもなら柚季があたしの隣に座っているけど今はいない
植物園デートから帰ってきたあたし達3人の前に急に現れたスーツさん
柚季が首になった会社に関係する人らしいその人は柚季を自分の会社に引き入れようとあたし達に声をかけたんだ
そして話だけでもと柚季の方から折れてその人に着いていった
繋いでいた美海の手を離して……ね
そしてあたしと美海だけでマンションに戻って今に至る……はぁ……
「そりゃあ気になるけど」
「本当にー?」
「本当だって」
「じゃあなんでそんなに落ち着いてるのさ」
「それは……」
あたしはソファに座ってスマホも触らずにただぼーっとTV代わりにしている大きなモニターに表示された動画サイトを見ていた
でも適当にお気に入りとして登録しておいた動画を適当に再生して眺めているだけで内容なんて一切頭に入ってこない。
「柚季がいなくなっちゃうかもしれないんだよ? なんでボーっとしてるのさ」
そんなの、あたしだって柚季と離れるのはイヤだよ
でもどうしたら良いか分からない
「じゃあ美海は何してるの?」
「あのスーツの人の会社のこと、気になったから調べてるんだよ」
帰宅してからの美海は自室からノートパソコンを持ってきてすごい速さでキーボードを叩いては腕を組んで唸って、そしてまたキーボードを高速で叩いて唸る。
ずっとそれを繰り返している
あたしからの返事を諦めたのか、美海はふぅっとため息をついてまたノートパソコンに目線を戻した
「柚季……」
美海に聞こえないようにつぶやく
あたしの中で色んな考えが頭に過る
こんなに複雑に考える必要なんてあるのかな。ただ柚季が復職するだけだよね。それどころか前の職場よりも良い環境で仕事ができると思うから状況は良くなるはずなんだ
だから柚季にとってはあのスーツの人の言う通りに復職すれば……
柚季が美海の手を離してあのスーツの人に着いていった光景が頭から離れない
なんか胸がモヤモヤする。本当にそれで良いのかな
「ねぇ玲香。あの人の会社さ?」
「んー……」
「玲香ってば?」
「んーっ……そうだね……」
「……もういいよ」
気が付けば美海は立ち上がってあたしに背中を向けていた
「……あれ、美海? どうしたの?」
「なんでもないよ。ただ部屋に戻るだけ」
美海はあたしの方を見ずにスタスタとドアに向かっていく
そしてドアノブに手をかけたまま立ち止まった
「私はイヤだからね。柚季と一緒にいられないのは」
美海はそう言ってあたしの返事を待たずに自分の部屋に行ってしまった
「……あたしだって柚季と離れるのはイヤだっての」
でもどうすれば良いか分からないし……
そもそも柚季が復職の誘いに乗ったとしてもあたしたちから離れるって決まった訳じゃないよ!
胸のモヤモヤがどんどん大きく、激しくなっていく
「何なのこの、訳の分からない気持ちは」
もはや雑に見ている動画すら目にする気がなくなった
スマホでも触ろうかとポケットに手を入れる瞬間、ローテーブルに乗せられたそれが目に入った
美海が置いていったノートパソコンだ
そういえば美海、スーツの人の会社のことを調べてるって言ってたよね
スーツの人が言っていた会社。確か柚季がクビになった会社の親会社なんだっけ
その親会社に柚季は復職にと誘われているんだよね
「あのスーツの人の会社……柚季が行くところ……」
あたしがパソコンを覗いてみると、画面にはその親会社のレビューが載っていた
その会社で働いた人たちのレビューっぽい
「どう見ても良い評価、じゃないよねこれ」
あの会社に対する良くない評価がたくさん書かれていた
それも1人や2人じゃなくて何人もの人が低評価をつけている。詳細な文章も、ざっくり斜め読みしてみても散々だというのが分かる
社内の空気とか環境とか。どれもひどい……らしい
「ここに柚季が、行くの……?」
柚季がまた傷ついて、2人で飲んで恋人になったあの日みたいに悲しい顔をしてしまうかもしれない
あたしの知らないところで、あたしの手の届かないところで
そう考えると胸のモヤモヤとは別に強く、ひどく胸が切なくなった
「決めた。あたし柚季を止める」
パソコンを閉じて立ち上がる
そしてまっすぐに美海の部屋に向かった
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