第20話

「玲香ぁ……! 私もう人を信じられないよぉ……!」

「あたしだってもう仕事とか同僚とかぜんっぜん信じられないってのぉ!」


あたしも柚季も揃って大きなジョッキを握ってぐだを巻いていた

大学時代はお酒なんてチビチビ飲んでいた柚季だったけど今日は違った

でもそんなことなんてあたしには些細なことだよ。だってクビ仲間だし


「玲香ぁおかわりどうするー? 飲むよねー?」

「もちろん飲むってぇ、柚季もでしょー?」

「えへへぇ、私もー」


柚季が勢いよく注文用のベルを鳴らす。そしてすぐにやってきた店員さんに2人分のお酒を頼んだ

あたしの方が個室の扉に近いところに座っているからあたしが注文を伝えるのが良いんだけど、あたしの隣にいた柚季が店員さんの方に身を乗り出して注文した

そしてやってきたお酒を勢いよく飲んで、またぐだる


「私はねーえぇっ私もう玲香たちしか信じられないー! もうやだぁ」

「あたしだって柚季たちしか信用できないぃ。社会なんてこれっぽっちも信じる要素ないからぁ!」

「そうそうっ!」


柚季はジョッキを気前よく喉に通す

そして音を立ててそれをテーブルに下した


「むーっなんで私たちだけなのぉ!? 私と玲香の2人だけなんてぇ!」


そして怒りの矛先はここにいないあたし達の別の親友にも向いた

柚季はあたしの前で手を握って胸の前で小さく上下に振っている


「せっかく久しぶりに玲香と会えたのに2人だけってさみしいのぉ!」

「ホントだよっ特にこういうの一番好きな美海がいないのはおかしいんだっての!」


みんなでワイワイ楽しむのが好きな美海がこの場にいないのは残念でしょうがない

いや突発的な飲み会なんだし仕方ないんだけどさ

というか柚季ってこんな酔い方する子だったか……? まあいいやっ


「ううぅっ……うううー……っ」


柚季はようやくジョッキから手を離して、そして泣いた

元気になったと思った柚季の目に涙が浮かんだことに一瞬驚いたけど、あたしもお酒が回っているからか何も言えなかった

多分一通り怒りの炎を燃え上がらせるのにも飽きたんだろう


「私っ……お仕事たくさん頑張ってきたのにぃ……」

「よしよしと言いたいけど、あたしだって頑張ってきたんだよぉ。その結果がこれだってぇ」

「仲良くしてくれる人もいたけどぉ……もう会えないんだね……」

「もうクビになっちゃったから会社には行けないよね、そういえばあたしもちゃんとお別れの挨拶とかできなかったなぁ」


あたしと仲良くしてくれた人の顔を1人ずつ思い浮かべていく

あたしと柚季、お互いの同僚たちはもうあたしたちがクビになったことを知っているだろう

それでも彼らはスマホにメッセージを飛ばすこともないし電話の1つもなかった

職場でのカンケイってそんなものだよね

一緒に働いているときは親密っぽい関係になるけど、いざ離職したとなったら何事もなかったかのように連絡がなくなる


「一緒に頑張ってきたのに……玲香もそうだよね? 誰か連絡とかきた?」

「ううん。今日の柚季からの電話がクビになって最初の連絡だったよ」

「そっか……玲香もなんだね」


柚季は目から涙を垂らしていた

お酒に酔っているとは言え悲しんでいるのは本当だろう、こんな柚季の様子を見ているとあたしの心が痛くなる


「私、なんだか1人になっちゃったみたい……」

「そんなことはないでしょ……でも」

「うん。今まで仲良くしていた職場での関係って何だったんだろうって思えるよ……もう私、どうしていいか分からないよぉ……!」


柚季はテーブルに突っ伏してしまった

やはりクビのショックは簡単には消えないみたいで泣き続けている


あたしも一緒にテーブルに突っ伏したくなってお鍋の取り皿とジョッキを遠い所に置いた

でも、それで良いのかな

柚季と一緒に泣いてもこの子もあたしもこのまま変わらないと思う。一緒に泣いても傷の舐め合いにしかならない

もう一度柚季を見る。顔は見えないけど涙でぐしゃぐしゃだろう


「ねぇ柚季っ!」

「……玲香……?」


お酒が入っていなければこんなことはしなかったかもしれない。全然論理的じゃない考え方じゃないと思う

でもこれ以上柚季が悲しんでいるのは見たくなかった

親友だからだろうか、それじゃない別の理由もあると思う。それが何かはわからないけど

あたしは決めたんだ!


「あたしっ……柚季の彼女になるからっ!」

「……ぇ……?」


机につっぷしていた柚季が顔だけをあたしの方に向けてきた

柚季の弱り切った表情はあたしの決意はより一層固くさせた


「あたしは今日から、いや今から柚季の彼女になるよっ! あたしと柚季はずっと一緒っ! あたしが柚季を守るから!」

「玲香……?」


柚季はあたしの言ったことがすぐに理解できなかったみたいで呆気に取られている


「恋人同士ならっ職場での関係みたいにあっさり無くなるものじゃないでしょ? 恋人同士なら何があっても一緒なんだからあたしも柚季も大丈夫なんだよ!」


柚季は一瞬目を見開いた後に胸に手を当てた

視線をあたしから外してそっぽを向く


「でも、私も玲香も女の子同士だよ……? 玲香は良いの?」


そんなの決まってるっ


「あたしは、柚季が相手なら女同士でも全然良いからっ! 柚季はどう?」


ここで断られたらどうしようと今更になって告白したのを後悔しそうになった

でも柚季の答えはあたしの求めいたものと同じだった


「私も……良いよ。玲香の彼女になるっ」

「柚季っ……」

「玲香ぁ」


柚季がまたあたしに近づいてきた

腰がぶつかりそうになるくらい近い。他の人なら戸惑うし困るけど柚季ならむしろ嬉しさを感じる


「んっ……」


あたしは柚季の肩に腕を這わして、柚季の体を引き寄せて抱く

柚季の肩がぴったりとあたしの肩にくっついた。当然柚季の顔も近くなる


「玲香は温かいね、ありがとう」

「良いって。もうあたし達は恋人同士なんだから」

「うん。ごめんね」

「また謝っちゃって……柚季はしばらく謝るの禁止だからっほらもっと飲むよ!」

「うん」


こうしてあたしと柚季は恋人同士になった。

お酒の勢いも混ざっていたけどそれでもあたしは十分本気なんだから

柚季を悲しませたくないしあたしも救われたかったんだ。

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