第18話
「あっいたいたっ柚季ー!」
「……あっ玲香」
あたしが待ち合わせ場所に指定した駅前に向かうと、あっさり柚季を見つけることができた
そろそろ日が落ち切って夜になろうとしてたから探すのに苦労すると思っていたけどラッキーだね。大学時代には待ち合わせても中々合流できないことが結構あったのに
「柚季っ久しぶり!」
「うん……その、久しぶりだね」
スーツ姿の柚季がいた。少し髪が伸びたかな
「えーっと……その、最後に会ったのっていつだっけ。まあいいか」
この子はあたし達を見つけると笑顔になっていたんだけど、今日はそんな様子はなかった
人の往来から外れたところでうつむいて、肩を落として立ちつくしていた
柚季の身に何かあったんだろうというのは分かる。それもかなり良くないことだよね
今すぐ聞きたいけど、まずは久しぶりに会えたことを喜びたいな
「ごめんね。急に来てくれて本当にごめんねっ」
「いいってどうせあたしはもう暇人だし……その、どこか行こうよ? 晩ごはんまだだよね?」
「うん。ごめんね」
「じゃあいこっか」
あたしと柚季は並んで歩き始めた。今回は行き先も決めてない
柚季の声はずっと消え入りそうだったな
この子は元々大人しい子だった
学生時代では、バカ騒ぎするあたしや美海と違って大きな声を出したりオーバーなリアクションを取ったりすることもない
それでもあたしと美海のノリに合わせて笑顔で一緒に遊ぶことはしていたんだ
大人しい子でもあたしや美海と一緒に遊ぶくらいの大胆さや覇気はあった
それがこのスーツ姿の柚季には全く見られなかった
「ねぇ柚季、何が食べたい?」
「……え?」
「あたし達ってさ、こうやって行き先も決めずに歩くなんてほとんどなかったじゃん?」
「そうだね」
「あたしか美海がスマホで調べて予約したり、食べたい料理があるお店を検索して調べたりとかさ……だからこうやってとりあえず歩こうーなんてのはあんまりなかったし。ちょっぴり新鮮だね」
「あっごめんねっ、私が急に電話したから……ごめんねっ」
「いや別に謝ることなんてないよ、あたしと柚季の仲なんだからさ。むしろ美海があたしと柚季で2人で会ってたなんて知ったら怒ると思うよ。 なんで私も誘ってくれなかったんだー! ってさ? その美海をどうなだめるかついつい考えちゃうよ」
「うん……ごめんね」
「3回生の頃さ、覚えてる? 用事があった美海以外で遊んだの。後で知った美海のすねっぷりといったら凄かったよね。 美海のためにまたみんなで集まって遊んでさらに美海の好きなケーキをおごってやっと落ち着かせたの。」
「うん……」
「だから……えーっと」
柚季は消え入りそうな声であたしに相槌を返すしかしない
たまにちゃんと聞こえる声量で声を出すんだけどその時は謝っている時だけだ
「これは重症かな……」
あたしは柚季に聞こえないくらいの声でつぶやいた
理由は分からないけど、相当気分が落ち込んでいるみたいだ
こういう時の晩ごはんは温かい物が良いよね。温かいごはんなら少しは心が軽くなると思う
あたしだって柚季ほどじゃないけど今は温かい物で心はともかく体だけでも癒したい気分だ
久しぶりの柚季に会えて少しだけ気分が軽くなったけど、元々あったクビのショックはとてつもなく重くて到底楽にはなっていない。まだまだクビのショックはあたしにのしかかったままだ
「……っ……」
温かいものって言っても色々ある
ラーメン? いやいやもっと落ち着ける店が良いって。それじゃレストラン? でももっと落ち着けるような、そう個室があるところが良いな
一度立ち止まってスマホで調べた方が良いんだけど、一度止まってしまうともう動ける気はしない。さすがに交差点では止まるけどさ
あたしはともかく、柚季をこのままにしたくはない
あたしの少し後ろを歩いている柚季の足取りは重かった
信号で止まってはまた少し歩く、そしてまた信号で止まる
「いつもなら退勤し始めている時間だな……」
今の時間が気になって腕にはめた銀色の腕時計を見る
そういやもう腕時計もつける必要もないんだったな。時間なんてスマホで見れば良いんだけど、あたしは会社の空気に合わせてアナログ式の腕時計を身に着けていた
こんな窮屈なものなんていらないよね
あたしは腕時計を少しだけ乱暴に外してカバンの奥底に突っ込んだ
そろそろあたしと柚季以外の世の社会人たちが自宅に戻り始める時間だ
人ごみに飲まれる前に早くお店を見つけよう
きょろきょろと都会にやってきたばかりの人のように周りを見回してお店を探す
「柚季は何か良いカンジのお店見つけた? ……柚季?」
「れっ玲香……」
振り返ったあたしの視界に柚季の姿は無かった
はぐれたのかと思ったけど人の波に少しだけ飲まれてたみたい
人をなんとかかき分けて柚季がやってきた
「さすがに人が増えてきたね。はぐれたかと心配しちゃったよ」
「ごめんね」
「また謝る……しょうがないっ! 柚季っ手を出して!」
「え……? あっ」
あたしは差し出された柚季の手を握った
こうすればはぐれないよね! ちょっと子どもっぽいけどまあいいよね!
柚季は驚いた顔をして、すぐさま少しだけ笑顔を見せた
そして今度は不思議そうに胸元に手を当てた
「玲香……」
「ほら行くよっもう少しだけお店を探してさ? それで見つからなかったらもう適当なところに入っちゃおうよ」
「うん」
「そのっ……いこっか!」
今日初めて見た柚季の笑顔
何度も見たはずなのに、なんでか分からないけどあたしの胸が締め付けられるような不思議な感覚がした
クビのショックでどうかしちゃったのかな
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