第12話

「あぁー! みてみて柚季!」

「なになに? これって、バニラ……?」


特定の環境でしか見られない植物のために気温とかを整えてる温室

その中にあたし達3人はいた


「バニラの種だよっアイスに使うあのバニラ!」

「本当だね。元々はこんな種なんだ」


あたしは大量に見えて来る植物の名前が書かれたプレートを流し読みしていたら

前を歩いていた柚季と美海が何か気になるものを見つけたらしい

ちなみに温室内は手を繋いで歩くには狭いので仕方なく解いている


「この筒ってバニラの香りがするんだって。柚季っ試してみようよっ」

「すごいね。試してみよっか」


柚季は恐る恐る設置してある筒に顔を近づける


「ふわぁ……!」


柚季は目を見開いて、それから勢いよく美海に向かった


「美海っ! これすごいねっ! 本当にバニラの香りがするよ!」


握った両手を前にして美海に報告する柚季

美海の返事を待たずにまた筒に向かった


「はぁ……甘くて良い香り……」


柚季はバニラの香りが気に入ったらしい。確かに外から見ると筒の中に植物の種があるだけなのにバニラの香りがするのは面白いし意外かも


「後で玲香も試してみなよ。良い香りがするんだって!」

「あたし? 後でっていうか、美海は最後で良いの?」

「私はデザートは最後に取っておく主義なのだよっだから今は柚季にしっかり楽しんでもらおうよ。その後玲香の番で最後は私の番っ」


へへーんと腰に手を当てる美海


「ほら、あんなに夢中になってる柚季を見ちゃうとね? 玲香なら分かるでしょ?」

「あぁ、まあね」


柚季は目をつぶってバニラの香りを楽しんでいる。夢心地みたいだ

さっきの嬉しそうな反応といい、柚季がここまで嬉しそうに夢中になるのはあまり見られないよね

柚季は社会に呑まれて落ち込むことが多かったんだし、あんな様子を見たらしばらく楽しませてあげたくなる


「柚季……っ……」


この感覚、何度も感じたのに全然慣れない感覚だ

また感じた

柚季の笑顔と目を閉じて夢心地の顔、あの子の様子を見ると、あたしの胸が跳ねるのを感じた

どくん、どくんって心臓の鼓動が早くなる


「……だからねっデザートを途中から食べちゃう派の意見も分かるんだよ、でも私はやっぱり最後に……玲香っ?」


バニラの香り、それと柚季

ふらふらと足が動いていく


「れ、玲香……!?」

「あっ……」


気が付けば、目を閉じてバニラの香りを楽しんでいた柚季の顔が、あたしの目の前にあった

柚季はびっくりしてあわわと口を開けている

柚季にとっては目を開けてみると目の前にあたしの顔があったんだ

そりゃ驚くよね。ていうか何してたんだろうあたし!

柚季の顔はどんどん赤くなっていく

多分あたしもすっごく赤くなってると思うっ!


「れ、玲香も、するの? バニラ」

「う、うん……えっと……あたしも興味あるし」

「そっ……そっか」


ごめん、本当は柚季の様子を見たら自然と近づいちゃった

いやバニラの香りも気になるんだけどっ!

でも柚季を見てるとなんか勝手に。その……ね


「柚季ー玲香ー? どうしたのさー……ふぎゃっ」

「ごめんね美海、しばらくこうさせて……?」

「お、おぅ……?」


柚季は頬を染めながら早足で歩いて、茫然としてる美海の後ろに行って、抱きしめた

ぬいぐるみみたいにぎゅっと抱きしめられた美海は困惑しつつも気持ちよさそうに目を細めて柚季に背中を預けた


「今の柚季、バニラの香りがするよー……すごく甘いっ」

「そうなの? ずっと筒の前にいたから香りが着いたのかなっ……」


思わず柚季に近付いちゃって心臓がバクバク跳ねるけど、気にしても仕方ない……というかなんとか気を紛らわせないとどうにかなっちゃいそう

あたしは逃げるように筒に顔を近づけた

確かに不思議とバニラの香りがする

筒の中には植物の種しか入っていないのにバニラの甘い香りがある

これなら柚季が夢中になるのも分かる

あたしが柚季のことは一瞬忘れてバニラに集中していると美海の声が聞こえてきた


「あっということはっ!」

「美海っ?」

「え……わっ!」


美海はバッと柚季の腕から飛び出して、今度はあたしに抱き着いてきた

ぐぇぇ、ちょっと力強すぎないか美海さん……?

腕で強く締められてちょっと痛いんですけど……

いつもこれくらいの腕力で柚季に抱き着いてるのかな

いやまさか、美海は相手があたしだからこんなに雑にしがみついているんだ。こいつめ


「やっぱり! 玲香もバニラの香りがするじゃん! まるであの玲香が香水つけたみたいで新鮮ー!」


あたしの胸にぎゅーっと顔をうずめる美海

ちょっぴり苦しい


「悪かったなおしゃれに無頓着で……ていうか柚季だって香水付けたりしないじゃん」

「うん。だから柚季のふわふわさと甘さが増していてスゴイ癒し効果だったよ!」

「いやそういうことを言ってるんじゃ……まあいいか」


あたしはせめてもの抵抗で、ぐりぐりとあたしの胸に顔を擦り付けている美海の頭を雑にわしゃわしゃと撫でまくる

美海の髪はぐしゃぐしゃになったけどそれでもあたしに頭を擦り付けて来る


「バニラがあれば玲香も甘くなれるんだねー、私感心しちゃったよ。」

「はいはい。どうせあたしはいつも苦い女ですよ」

「私はブラックコーヒーも好きだよ? 眠気覚ましになるから」

「味が好きってわけじゃないんだね」

「そうだけどっ! でもブラックコーヒーはエンジニアにとってはなくてはならない相棒なんだよ? ブラックコーヒーが無いと生きていけないんだから! だから玲香はそのままでも良いの!」

「……美海は、あたしは苦い方が良いの?」

「良いのっ! もちろん玲香が柚季みたいに甘くなればもっと良いんだけど……いや甘々な玲香は不気味だしやっぱりナシだね……あぁあああ!!! 玲香私の髪ぐしゃぐしゃにしてるでしょ!?」


あたしにバニラの甘い香りが付いているのがそんなに面白かったのか、美海はやっと自分の髪がジャングルみたいになっているのに気付いた

ふふふ貴様も温室の植物と同じように野性的で派手な髪になれば良いのだっ!


「はっはーっ今更気付いたか愚か者めっ失礼な美海はこうしてやるからっ!」

「やめてよぉ!? 柚季も笑ってないで助けてー!」

「ふふふっ美海。寝起きみたいになってるよ?」


あたしの行動のせいで恥ずかしがっていた柚季だけど、美海のジャングルヘアーを見てすっかり元に戻ったらしい

柚季はあたし達に近寄って美海の髪を弄った

良かった。あたしの無意識での行動で柚季を困らせちゃったけどどうにかなったかな

困ってる柚季も可愛いんだけど、でも今みたいに笑っている所が一番好きかな

それでも柚季は、あたしと目が合うと頬を少し染めて目をそらした

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