第10話

あたし達はファミレスでお昼を食べることにした

面白そうな高級店に入りたがっていた美海はぶすっと不貞腐れていたが、柚季がメニューを見せると目を輝かせてあれこれ注文していた


「それじゃあ決めよっか。玲香っ柚季っ!」

「決めようって何を?」

「そんなのデートの場所に決まってるじゃん! これから恋人とイチャイチャするんだから玲香はもっとしっかりしなきゃなーああああゴメンゴメンっ! 謝るから私のフライドポテト取らないでええええ!!」


フライドポテトはやっぱりシンプルに塩だけで食べるのが美味しいよね

ケチャップも良いけど最後には塩に戻ってきちゃう


「ううううう……ゆーずきーぃ、玲香が私のポテト取ったぁ……」

「はいはい。これで元気出してね? はいあーん」

「あーむっ! ……柚季ぃ、これも私のポテトだよぉ……」

「えへへ、バレちゃった」


美海はハンバーグのセット。あたしと柚季はパスタを注文したのでポテトは美海の分しかない

美海はハンバーグのセットに付いている付け合わせのポテトが大好きみたいで、それが欲しいがためにハンバーグのセットを頼んでいる

だったら最初からポテトだけを注文すれば良いのではと言ったがハンバーグも食べたいからと一蹴された


「それでさっき言った話だけど、デートの場所を決めるの?」


あたしは目を輝かせてハンバーグにフォークを刺している美海に言った


「トーゼンっ! どこに行くかまだ決めてなかったでしょ? だから今決めるの!」

「じゃあゲーセン……」

「ゲーセンはダメだからね! それじゃあいつもと一緒じゃんか、今日は玲香と柚季のデートなんだからいつもと違う所じゃないとダメだよ?」


美海は手に持ったフライドポテトをビシっとあたしに向けた

それを素早く口に咥えて奪ってやる


「ありがと美海っ」

「あぁー! また玲香が私のポテト取ったぁぁぁ!」

「ほら元気出して美海、はいケチャップ付きだよ? あーん」

「やったぁ! ケチャップ付きぃ! んむっ……だーからこれも私のポテトぉ!!」


あたしがポテトを奪ったり、柚季が勝手に食べさせたりしている内に、美海が注文したハンバーグの付け合わせのポテトはあっという間に無くなってしまった

特に美海は柚季に食べさせてくれるのが気に入ったのか、文句を言いながらも何度も隣に座っている柚季に向けて口を開けていた

美海に甘えられるのが嫌いじゃない柚季も、柔らかい笑顔で美海にポテトを差し出していた

そりゃあ最初から付け合わせ程度の数しかなかったポテトなんてすぐに無くなるよね


「もう良いよ、ポテト追加注文するから……山盛りで」


美海は腕と肩をすくめたまま力無く人差し指で注文用のタブレットをポンポンと押した


「2人とも変なところで息ピッタリになるよねー……」

「そうかな?」

「絶対そうだって。そのままもっとイチャイチャして欲しいんだけどなー」

「それは……その、ね?」

「れ、玲香……今こっち見ないでよ……」


返事に困ったあたしは柚季に助けを求めたがあっけなく拒まれた

柚季が頬を少し染めてそっぽを向いた

あたしも少し恥ずかしくなって自分のパスタをフォークで弄る

み、美海のじとーっとした視線が刺さる……


「え、えーっと。あっほらっ! ポテト来たよ!」

「むー、玲香が逃げた」


美海はお店に入る前と同じようにぶすーっと唇を尖らせた

店員から山盛りのポテトを受け取った美海は、あたしと柚季にポテトを奪われないように次々と口に持って行っている


「まあいいよ……それより最初に戻るんだけどさ?」

「え……なんだっけ?」

「デートの場所ぉ!」


そういえばデートの場所を決めるんだっけ


「恋人としてイチャイチャするために行く場所だからね、ゲーセンはダメだからっ」

「うーん……そう言われてもなぁ、すぐに思い浮かばないよ」

「柚季はどうなのさ? 玲香とイチャイチャできるデートなんだから柚季の好きな場所を言って良いんだよ?」

「私は……玲香と美海と一緒ならどこでも良いかな。3人で一緒に居られたらそれだけで嬉しいし」

「むー……柚季は玲香とイチャイチャしたくないの?」

「それは……」


柚季がまた顔を赤くしてうつむいた


「柚季まで……分かった。もう私が決めちゃうから」


あたしと柚季の様子に呆れてしまったのか、美海はスマホを取り出し始めた

ここ数日、あたしと柚季はずっとこんな感じで恋人として意識しちゃうとお互い固まってしまう

実際、あたしは柚季とどうなりたいのかよく分かっていないんだよね

仕事がクビになったあの日に柚季と一緒に荒れて、その勢いで恋人同士になった

もちろん柚季とはずっと一緒にいたいし大切な人ではある

恋人と言ったって……その、どうしたら良いか分からない

柚季は、どう思ってるのかな


「今からだと……植物園ならすぐに行けるね」

「植物園?」

「そうそう、ほらっ」


美海がスマホの画面を見せてきた

ここから少しだけ離れた場所にある植物園のウェブサイトだ


「確かにそんな所あったね……学生の頃からなんとなく知ってはいたけど行くことは無かった所だよ」

「ふふふ、遊ぶときはカフェとかゲーセンとか、それくらいしか行かなかったもんね」


柚季がクスクスと笑う

学生時代のあたし達は沢山一緒に遊びはしたんだけど、行く場所は割と固定されていたと思う

その当時のことを思い出しているのか、柚季はずっと笑みを浮かべている


「玲香も美海も、子供みたいにはしゃいでたっけ」

「……なんか今の柚季、すごい年寄りみたいだよ」

「そっそうかな……?」

「まあ実際あたしと美海ははしゃいでたよ。ゲーセンでは特にね」

「えー玲香までそう言うの? まー否定はしないけどさ、あの頃からたった数年しか経ってないんだからそんなに遠い昔みたいに言うことないと思うなぁ」

「そうだよね……なんでこんなになっちゃったかなぁ」


原因があるとすれば社会、なのかもしれない

大学を卒業して社会に出て、気が付けば社会人として生きるために考え方とか振る舞いとか変えたんだ

そして今に至る

学生の頃なんて遠い昔のように捉えちゃうのもきっとそのせいだと思う


「よしっじゃあ次は植物園に決定ぃ! さあ行くよ!」

「えっ決定なの!?」


美海はガタッと立ち上がった

いつの間にか山盛りあったポテトが全部無くなっていた


「どうせこれ以上考えたって時間の無駄だって! 2人のデート先はもう決まったの!」

「デート先まで美海に決められちゃったね……」

「そうだね……いやこのままじゃ美海が先に行っちゃうからっ! 柚季っ早く行こう!」

「う、うんっ!」


あたしと柚季は残った水を飲んでカウンターでお会計をしている美海の元に向かった

どうもあたし達がのんびりしすぎると美海が何もかも全部決めることになるな……

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