第9話

道行く人々と外まで聞こえて来る色んなお店のBGMで活気の溢れる街中

その中にあたしと柚季がいた

そしてその間に目を輝かせて色んな店先のショーケースに展示されている料理を見る美海の姿があった


「ねぇ。美海」

「んー……?」

「……何で美海がいるのさ?」

「なんでって不思議な事を聞くんだねぇ玲香。ひょっとして何かのジョークかな?」

「いや一応真面目に聞いているんだけど……」


部屋でデートをすると宣言された後、あたしと柚季は美海によるファッションチェックを受けることになった

柚季はあっさり合格をもらったのに、あたしは大げさなため息をつかれて何度もやり直しを要求されたのはマジで納得いかない。そりゃ柚季に比べたらあたしの服装は雑だけどさぁ……

柚季はロングスカートでふわふわの上着。それに対してあたしは動きやすいラフな服装を選んだけど美海に反対されて柚季の持っていたスカートを押し付けられた

そしていざ2人で外に出たと思ったら美海も一緒にくっついてきたんだ

見送りだけかと思ったらそのまま一緒に電車に乗って、気が付けばあたしと柚季の間に挟まってウキウキで歩いている


「そりゃあ私は2人のペットなんだから一緒にいるに決まってるじゃん。はっはーん。玲香はしばらく会わない内にパーになっちゃったのかなー? ファッションセンスもパーだったし……ぐえええごめんごめん!」

「美海の頭もパーにしてやろうかっ?」


あたしは美海の背後に周って思いっきり強く抱きしめてやる

もがもがと暴れる美海に柚季が近付いた


「美海、落ち着いて? どうどう」

「柚季までぇ!? ちょっとやめてよぉ!」


柚季はポンポンと美海の両肩を軽く叩いた

美海は、背中からあたしに羽交い締めにされて、前からは柚季に弄られている

クスクスと笑う柚季を見ると不思議と心が落ち着くなぁ

いつも胸をつつかれている仕返しのつもりなのか柚季は美海の頬を指でツンツンとつついている


「柚季ぃ止めるなら玲香にしてよー!」

「だーめ。私も美海がいる理由を知りたいなー? なんで私と玲香のデートに美海が着いてきてるの?」

「ほら観念しなって、なんでデートにくっ付いてきたのさ?」

「分かった分かったよ! 玲香ならともかく柚季にそう言われたら答えるよっ」


あたしならともかくってのがすごーく引っかかるけど、とりあえず美海を解放してやる

美海はふへーっと言いながら少し乱れた服を直しながらあたしたちをじっと睨んだ


「どーせ私がいないと2人はテキトーに遊んで終わりにしちゃうでしょ? せっかくデートなんだからいつもと違って恋人らしくしないとダメなんだよ。ワイワイじゃなくてイチャイチャしなきゃ!」


こいつめ、見事にあたしの考えを読んでやがったか

美海は腕を前に組んでふんすっ! と息を吐いた


「それに……」

「それに?」


美海は学生時代と変わらない笑顔を見せた


「ペットには散歩が必要でしょ? そしてペットの散歩は飼い主がするもの。つまり私が2人のデートについてくるのは必然なのだぜぃ! ほら見なよこれを!」


美海が首に着けた輪っかを指さす

赤い色をしたそれは……どう見ても、あれだよね

ペットに着けるあの……

あたしは恐る恐る美海の首に光るそれを指さした


「美海、やっぱりそれって」

「首輪だよ? ちょーどイイのがネットで売っていたから買ったんだよ。どうどう? 似合ってる?」

「やっぱり首輪のつもりだったんだ……ねぇ柚季。この場合、似合ってるって言って良いのかな……?」

「私に聞かれても困るよ……」


最早これで何度目か分からない柚季と困った顔を見せ合う状況

うっ柚季の顔が近い……

心臓が跳ねる音が聞こえた


「本当はリードを付けたかったんだけどなぁ。今からでも着けない? 多分その辺のモールに行ったらリードは売ってるだろうしそうすれば簡単に着けられるよ?」


美海はあたしと柚季の間から離れて、トテトテと歩いて店を探し始めた

リードを売っている店を探しているんだろう

多分、あれは恐らく本気で探してるよ


「美海。それはちょっとどうかな……」

「えー? 柚季ぃ。なんでさー?」

「街中で人の首輪にリードを付けて歩きでもしたら3秒で通報されるって。だからリードはダメ。その首輪だけでもちょっと浮いているんだし」

「んー、そんなにこの首輪ってヘンかなぁ?」


美海が着けている首輪はどう見てもペットが身に着ける首輪にしか見えない

せめてもっとペット用に見えないデザインを選んでくれればなぁ


「美海、あまり走り回るとはぐれちゃうよ? はぐれたら合流するのに大変だからこっちにおいで?」


柚季が、自分に着けるリードを探している美海を引き留めてくれた


「そうそう、美海は背が低いんだから人混みに紛れるとあっという間に見つけられなくなるんだからあたし達と一緒にいなって」

「なっ!? 今私がチビって言ったな!? 玲香ぁー!」


ダダダっと美海があたしの前に駆け寄ってきて両肩を掴んできた

美海は少し怒っているけどこのままリードを探すよりはマシだよね

軌道修正してくれた柚季に感謝しなきゃ


「こんな時に柚季の顔を見ちゃってぇー! イチャイチャして誤魔化そうったってそうはいかないんだぞ玲香ぁ!」

「えっいや別にイチャイチャなんてしてないって!」

「なーんでイチャイチャしてないのさ早くしなよー!」

「どっちなんだよ!」


美海はうがーっと噛みついてくる勢いだ

あたしの肩に置いた手は腰に移動してあたしを揺らしている


「えええっ美海ぃ!? ねぇ柚季なんとかしてよっ」


柚季はさっきあたしが見られていることに気付いたのか顔を赤くして固まっている

ちらりとあたしの顔を見た柚季と目が合った

柚季はさらに顔を赤くしてうつむいてしまった


「柚季に助けを求めてもムダだぜ玲香ぁ、さあ観念して玲香もチビになるか柚季とイチャイチャするんだぁー!」

「なにその2択っ!? 落ち着いてって美海ぃ!」


ぐぅー……とあたしと柚季の隣で大きな音が聞こえた

同時にあたしを揺する美海の動きが止まる

その音が鳴りやんだと同時にあたしにがっついている美海の腕の力が抜けていった

そしてフラフラと柚季の方に向かっていく


「柚季ぃーお腹空いたぁ、ご飯ー……」

「あっ……美海?」


美海は柚季に抱きついてぽふっと胸に顔をうずめた

この子は学生時代から甘えん坊だったんだけど、あたしと柚季と再会してからはその甘えん坊さがかなり増している

あたし達とまた会えたのが影響しているのかな

特に美味しいご飯を作ってくれる柚季には事あるごとに抱き着いている

2人の様子は、知らない人が見たら姉妹に見えるかもしれない

柚季も美海の甘えに慣れてしまっていて、美海の背中に手を置いてもう片方の手で優しく頭を撫でている

ちょっぴりその、羨ましい、かも


「あー……そういえばそろそろお昼の時間だよね。どこかに食べに行こうか」

「うんー……私力出ないよぉ」

「ふふふ、分かった。美海は何が食べたいのかな?」

「へへっ今の気分はねー……」


甘える美海もそうだけど、柚季も柚季で甘えられると拒まずに優しく受け入れているので美海の甘えん坊さは全く直らない

美海は顔を柚季の胸にうずめて唸っている

そして勢いよく顔を上げた


「洋食! 今は洋食の気分だよ柚季っ!」

「うん。じゃあファミレスでも探そうね。えっと、その、玲香もそれで良い?」

「あ……うん。いいよ」


柚季は目をキラキラさせている美海を撫でながら顔をあたしの方に向けた

たださっきまで見つめていたのがまだ恥ずかしいのか、柚季はすぐにあたしから目をそらした

あたしもぎこちない返事を返してしまう

あーっ……あたしも何か柚季の顔、見れないなぁ

何かドキっとしちゃう

恋人になって以来柚季の顔を見ると心臓が跳ねることが増えた

柚季はあたしのこと、どう思ってるのかな。あたしを見る時はどんな気分になるのかな


「よーし! 確かあっちに良いお店があるんだよ! 洋食が私を待ってるぜー!!」


美海が柚季から離れると一気に走り出した


「ちょっと走らないでよ美海ぃ!」

「ご飯になると相変わらず元気になるよね」

「だよね……いや柚季ものんびりしてないで追いかけるよ! ホントにはぐれちゃうから!」

「へっへー! 先に着いた方が勝ちだからねー!」

「勝ちって何さっ……ていうかこれあたしたちのデートなんでしょー!? なんで美海が先導してるのさぁ! 待ちなさーい!」


あたしは柚季の手をひっぱりながら美海を追いかける

柚季は手を握られて少し驚いたみたいだけどすぐにあたしと一緒に走り始めた


「デートだって美海は言ったけど、結局学生の頃みたいにワイワイ遊んで終わりになりそうだねっ……」

「うん。玲香と美海のおかげで楽しいよ」

「楽しい?」

「楽しいよ。大学を出てからこんなに楽しいと思ったことはなかったな」


確かに仕事はクビになったけど柚季と美海とまた会えてこうしてみんなで過ごせてる

あたしは、今の生活の中で楽しいという感情の他にも別の感情も芽生えてきていると思う

特に柚季のことを考えるときは、知らない感覚に襲われる


「あたしもだよ」

「玲香も?」

「楽しいよ。何か久しぶりというか懐かしいというか。ヘンだよね。学生の頃なんてたった数年前なのに」

「うん」


あたしと柚季が恋人らしくなるためのデートって名目だけど、3人で仲良く過ごせて嬉しい

美海を、親友をペットにすることになったとは言え何か劇的に変わった訳ではない

学生時代のようにみんなで楽しく過ごせたらそれで良いんだよね

リードは流石にやりすぎだと思うけど


「あー! なにこれすっごい美味しそう! えーっと値段は……んーコース料理で1人で基本料金が2万5千円かー。まあ高くはないよね。ねぇ玲香! 柚季! この店イイ感じじゃないかなー?」


……やっぱり美海はリードを着ける方が良いかもしれない

このまま美海を放っておくととんでもない値段の店に入るハメになりそうだ

美海が全部払ってくれるだろうけど流石にお高い店は申し訳なさに押しつぶされる


「美海っ頼むからファミレスとかにしようか!?」

「えーなんで? この店すっごい良さげだよ?」

「こんな高い店に入ったら緊張で何もできないって!」

「美海。私も普通のお店でいいと思うのっだから高いお店はやめておこう?」

「柚季まで拒否するの!? ここのコース料理すっごい美味しそうなのにー!?」


それほどお金を持っていなかった学生の頃とは違って、今の美海は圧倒的な経済力を持ってしまった

そんな美海は、例え高級店であろうとも一度興味を持ってしまうと入らずにはいられなくなっているみたい

以前はお金がないことがブレーキになっていたが、今はそのブレーキが全く無くなってしまっているんだ

あたしは柚季と2人で頬を膨らませる美海を引きずってファミレスに入った

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