第8話
あたしと柚季、そして美海の2人と1人が一緒に生活を始めてから数週間が経った
今は朝ご飯を食べて片づけをした後
あたしと柚季はソファに座って求人誌を眺めていた
「柚季ー何か良さげなのあるー?」
「ううん、玲香は?」
「こっちも全然ダメ。勤務場所が遠い所のしかないよ……」
あたしはズルズルとソファから降りてぐでーっとソファの前のローテーブルに突っ伏した
柚季もあたしを追いかけるように、ソファから降りてあたしの隣に座った
「玲香、元気出して。きっとお仕事見つかるよ」
「そうだねー、でもこんなに探して見つからないなんて気が滅入るよ……」
なんとか部屋は見つかったけど、あたしと柚季の仕事はまだ見つかっていないんだ
美海が生活費を出してくれるのであの日のカフェみたいに部屋を探しているときほど困っている訳ではないけど
だからって2人揃って1日中何もしないってのもしたくない
「美海のおかげでお金には困らないけど、ずっとこのままって訳にはいかないよねー……」
「うん、でも美海ってホントにすごいよね」
「あの美海が熱心に仕事してるなんてマジで信じらんない」
美海は今自室でプログラマーの仕事をしている
破天荒な美海は、意外にも仕事はしっかりとやりたいらしく学生の頃のように遊んで夜更かししまくる生活はしたがらない
毎日一緒に賑やかにしていることはしているんだけど、それでも翌日に関わるくらいに羽目を外すことはしないことに失礼ながら違和感を感じる
あーあ。学生の時はいつもみんなで朝まで騒いでいたのに、すっかり社会人になりおって
あの美海をあんなに矯正するなんて社会ってマジで恐ろしい
「はぁー今日もこんな感じで終わっちゃうのかなぁ」
「仕事はすぐには見つからないとよく言うよね。でもこのままなのは辛いね」
「誰かに相談してみようかな……ダメだ、ほとんど誰も思い浮かばないや」
ちなみにあんまり美海に相談しまくると
「プログラマーとかどう!? 意外とカンタンなんだよ!」
って言われて訳の分からん英語と数字がびっしり並んだモニターの前に座らされて数時間のプログラミングの講義が始まるんだよね
美海には悪いけどあたしと柚季にプログラミングは合ってなかったみたいですぐにギブアップした
「ねぇ柚季。あたし達どうしようか?……柚季?」
柚季は求人誌じゃなくてスマホを熱心に眺めていた
そして私に顔を近づけてくる
「玲香っ今日カレーにしない? ネットで新しいレシピを見つけたの!」
「……気持ちは分かるけど、現実逃避は良くないよ。柚季」
「う……でもほら見てこの写真、美味しそうでしょ?」
柚季が見せてきたレシピが掲載されているサイトにはカレーの調理過程が写真と一緒に載せられていた
それぞれの工程ごとに細かく写真が載っている
調理の過程にはそれほど興味がないのでとりあえず料理が完成されている一番最後の写真を 真っ先に見る
「あホントだ。これはちょっと食べてみたいかも」
「でしょ? 美海も喜ぶと思うし今日の晩ごはんはこれにしてみようよ」
「そうだねっじゃあ買い出しにでも行きますかー」
ばさっと求人誌をローテーブルに放り出して2人でゆっくりリラックスして立ち上がる
その直後だった
「いい加減にしろぉー!!」
ばーんっと勢い良くドアが開いた
美海が腰に手を当てて仁王立ちしている
「み、美海!?」
自室のドアを片手で勢い良く押し開けた美海がいた
笑ったり泣いたりと感情豊かなこの子は……今は怒ってるっぽい
というか絶対怒ってるよね!?
「いつまで2人はそのままなのさー!」
やばっついに怒られる……!?
流石にもっと色々な方法で仕事を探した方が良かったか!?
「ごめん美海っ! もっとマジメに仕事探すよ!」
「ごめんなさいっ私がもっとしっかりしていれば……!」
「何日もずっと変わらないじゃんかぁー!」
ずんずんと手足を曲げてあたし達の前に来る美海
背が小さいのも相まってかわいい……いや今はそんなことを考えている場合じゃないか!?
ぐるるる……! と拳を握りしめた美海にあたしと柚季は睨みつけられる。怖い。でもかわいい
そ、そうだよね! 養ってもらっておいてのんびり構えてダラダラお仕事探しなんてしてたらそりゃ怒るよね!
「柚季! 何でも良いから1つ見せようよ!」
「求人だよねっうん! さっき1つまだマシなのがあったからっ!」
「ほら美海っ!これなんかどうかな! 引っ越し屋さんの荷物運び……って柚季ぃ!? あたしそんなに力ないってぇ!」
「だって給料は良いんだものっ!」
「……2人ともいつになったら恋人らしくなるのさ!」
「「……え?」」
「えっ? じゃなーい!」
ボォー!っと汽笛が聞こえた。気がする
美海は両手を握って上に突き出してがおーっと怒ってる
「2人は恋人だって言うから気を使ってあげていたのに、全然恋人っぽいことしてないじゃん! なんで仕事探しなんてしてるのさ!そんなの後回しでもいいでしょ!? お金なら私が全部出してあげるんだから!」
「いや流石にそれはどうかと思うんだ」
恋人らしくなることが仕事探しよりも優先されるのはどうなんだろう
養ってくれる人が言うならそれが正しい気がするけど……いやでもおかしいよ!
「その……」
柚季がおずおずと手を挙げた
「美海、仕事が全然見つからないから怒っているんじゃないの……?」
「仕事がなかなか見つからないなんて理由で怒ってないよ! 私は2人にもっと恋人らしくしてほしいの! ホントに2人は恋人なの?」
「そりゃあ恋人……だよね?」
「うん……そうだと思う」
「はぁ……」
すっごい大きいため息をつかれた
「2人は恋人、そして私は2人のペット。それが今の私たちでしょ? 2人が恋人らしくなかった私は何なのさ」
「うぐ……でもそう言われても恋人らしくなんて、その、恥ずかしいというか」
「うん……」
「2人共、付き合うってのは本当に勢いだけだったんだねぇ……もっとさ、キスとかしてよ?」
「きっ!?」
「キスっ……!?」
いざそう言われるとヘンに意識しちゃうんだけど……
柚季に肘同士が当たっただけでピクっと反応してしまう
さっきまでは2人で身体をくっつけて求人誌を見たりスマホを眺めていたのに
柚季は顔を赤くして視線をあたしと明後日の方をいったりきたりしている
「そうそう、おはようのキスとかさ。2人はしてないの?」
「いやー……」
「してないよ……」
「寝る時は?」
「普通に自分たちの部屋だけど」
「……一緒にご飯を作ったりとかは?」
「柚季の作るご飯って美味しいからつい柚季に任せちゃうんだよねー」
「うん、2人とも嬉しそうに食べてくれるから作っていて楽しいよ」
手を合わせて笑顔を向けて来る柚季
この子は大学時代から料理が得意なんだよね
ここ数日間の同居生活では朝ご飯から晩ご飯まで全部柚季が作ってくれている
「確かに柚季のゴハンは美味しい……いやいやそうじゃなくって!」
美海はぶんぶんと手を横に振って、またがっくりと肩を落とした
「分かったよ。私が2人を恋人らしくさせてあげるよ……全く手のかかる親友、いや飼い主達だなぁ」
「あの、美海。何をするつもりなのさ?」
「玲香っ、柚季っ! デート、今から行くよ!」
美海はあたし達の肩をがしっと掴んだ
いやデートっ!? しかも今から!?
「ちょっと落ち着いてよっいくらなんでも早いって!」
「そうだよ美海、今からなんて急だよ」
「もう決めたから! 2人を立派な恋人にして私はペットになる! デートはその第一歩ななのだぁ!」
あたし達に背を向けてぐっと拳を握って上に突き出す美海
「玲香、いいの? 私たちデートすることになりそうだけど」
「まー、良いんじゃないかな……適当にお外で過ごして終わりになると思うし」
デートって思うとちょっと身構えるけど、相手は柚季なんだよね
そりゃ一応はあたしと付き合っている恋人だし、最近はなんか意識こともなくはないけどさ
元々柚季は気心の知りまくっている相手なんだ
デートって言っても結局は大学時代のように2人でワイワイ遊ぶだけだよ。きっと
キスはその、いつか……ね?
「ほら2人共早く着替えてよね! ちなみにデートなんだからちゃんとした服にしないとやり直しだからっ! ちょっとコンビニ行くような格好なんてしたら胸つつくからっ!」
「玲香……本当にいいの?」
「良い……と信じたいなぁ」
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