第4話

「ねぇ柚季、あたしたち、ホントに部屋ゲットしちゃったね……」

「うん、簡単だったね……信じられないくらい」


私と柚季はソファの横で立ち尽くしていた。その真ん中をかき分けて美海がぴょこっと顔を出す


「言ったでしょ? ちゃんと私が部屋を借りてあげるって」

「そうだけど……なんていうか」

「うん、夢でも見てるみたい」


あたしと柚季がカフェで美海に連れ出された後


「ぜーんぶ私が用意してあげるから任せなさいって!」 


と美海が言って不動産屋で見たことのない大金を出して大きな部屋を借りたんだ

5人以上は確実に住める所で小部屋がたくさんある。リビングも広くてお風呂もトイレもちゃんと分かれている

あたし達には到底縁のなさそうなとんでもない物件だ

そしてあっさりと3人で入居した後は 


「家具がいるよね? よしっぜーんぶ私が買ってあげるから任せなさいってぇ!」 


と美海は胸を張って、床にあぐらをかいてノートパソコンを開いてショッピングサイトにアクセスした。次々と目についた家具を全く迷わずにカートに放り込んでいったなぁ……


「これもー……あっこれ便利そうっこれもーっと……あーこのソファめっちゃ良さそう! よしこれも買いっと」


会計画面に表示されたとんでもない金額に私と柚季が目を回している隙に美海は決済を済ませてしまった。止める暇もなかったよ……


「もー、いつまで気にしてるのさ。玲香、柚季?」


ちょんちょんと私と柚季の胸を指でつつく美海。こらやめなさい


「私に任せてって言ったじゃんか、ちゃんと宣言通り用意してあげたでしょ?」

「胸を見て話すんじゃない」

「ま、まあ助かったんだから良いと思うよ……」

「へへへ、これで私たちの生活が開幕だね。ちなみにカフェで言った通り私はペットだからっ」

「本当にペットを貫くつもりなんだね……」

「でも美海、本当に良いの?」


柚季が胸を腕で抱いて頬を赤く染めながら言った


「うん? 何がさ?」

「だって、本当に全部美海がお金を出してくれたよね。部屋も家具も何もかも」

「良いの、私は2人と一緒に暮らしたいんだから。それにもうこれ以上お金を持っていても使い道がないからしょうがないんだよ」

「うへぇ人生で一度は言ってみたいセリフだよそれ……」


お金を稼ぐのに精一杯の私たちとは真逆の考え方だ

そんな考えの持ち主の美海がペットとしてあたしと柚季と一緒に暮らすことになる

しかも家賃も食費も生活費も全部美海が出してくれる……

待ってあたしたちペットに養われるってことじゃん!

ありがたいけどおかしくないか!?


「おりょ玲香、この世の終わりみたいな顔しているぜ?」

「そりゃ親友をペットにしてさらにそのペットにお金を出してもらって生活しているってもう人としてどうなのってレベルじゃん……」


他人が知ったら間違いなくあたしと柚季の社会的な評価が地に落ちるよきっと

地面に落ちるだけじゃなくてそのまま地中深くまで掘り進めるだろうな……

あぁぁぁ……もういっそのこと地中を掘り進んでマントルまで到達して溶けてなくなってしまいたい……


「ねぇ美海、せめてペットじゃなくて普通に3人で暮らすのはダメなの?」

「なーにを言ってるんだい柚季?」

「だって、ペット扱いなんておかしいよ」


あたしはうなだれていた頭を上げると、顔を赤くして胸をガードする柚季と、そのガードの隙間からなんとか指先で胸をつつこうとする美海の静かなバトルが始まっていた


「3人で暮らすのを拒んだのは2人じゃんか。今更何を言うのさ? 恋人同士の生活だから3人で暮らすのはダメだーって」

「そりゃそうだけど、でもここまでしてもらってペット扱いってのはなんか気が引けるんだって。しかも親友だしさ」

「美海、本当にその……ペットが良いの?」

「イイのイイのっ! 私は2人と一緒に暮らせたらそれで満足なんだから。それに……」


美海は少し跳ねて両腕を広げた


「親友の2人だからこそ、私はこんなこと言えるんだぜ? 誰にだってペットにしてなんて言わないよ? ペット扱いって言うけど2人ならひどいコトなんてしないって分かってるんだから」


美海は広げた腕を前に持ってきて力強く握る

美海らしい軽いノリだけど、この子の目はまっすぐだ


「私はただ、またみんなで一緒に過ごしたいんだよ。大学を出てみんなと別れてから分かったんだ。1人じゃ寂しいって。……せっかく2人は一緒に暮らすのに私は1人だけってのは寂しいよ。だから3人で一緒に暮らしたいんだ」


美海は少し声の高さを落として言った

そういや、柚季と恋人になった理由は大変な時に一緒に居られる人が大事っていうコトだったっけ

他の人達とは違う大学時代からの大切な繋がりだよね

美海も柚季と同じで大切な繋がりだ

今、美海を拒んだらその繋がりを傷つけることになる

ペット扱いはともかく、美海との繋がりを傷つけたくはない


「うぅうう……分かった! ペットが良いんだねっ!? 一緒に住みたいんだね!?」

「おっ乗ってくれるの!? 玲香っ!」

「良いよペットでもなんでも! ここまでしてもらったんだから今更突き放すなんてあたしにはできないよ!」

「やったぁー! さっすが玲香だねっ! ちょろい! らくしょー! 1面ボス! 初期装備でも勝てる!……ぐええ冗談だって痛い痛い!」


なんでこの子はすぐ調子に乗るかなぁ!?

美海の身体を両腕で覆って締め付けてやる

柚季はまだ不安そうだ

眉を下げてあたし達を見ている


「玲香……良いの?」

「ここまで来ちゃったんだから受け入れるしかないよ。柚季」

「でも……」

「確かにヘンな状況だけど、美海が信じてくれるんなら私は応えてあげたいよ。それに恋人と一緒に暮らすのと他人と一緒に暮らすのは同時にできると思うんだ。私たちなら」

「他人じゃなくて親友だっ!」

「そうだったそうだった」


パッと美海を離す

ちくしょーライフが減っちまったぜぃっと身体を伸ばしている


「……そうだね。美海が一緒なら私も嬉しい。よろしくね、美海」

「うんっ! よろしく!」


大切な人達と一緒に暮らす。うん……ただそれだけだよね

女同士の恋人とかペットとか色々ヘンだけど、あたし達なら大丈夫だよ。多分


「ところで玲香、柚季」

「うん?」


美海は、ツンっとあたしと柚季の胸を指した

両手の人差し指一点を、まるでボタンを押すように


「ここでしょ? 当たり?」

「違うわハズレだ」

「柚季は? 私の予測は当たった?」

「違うよぉ……」

「ちくしょー次は当ててやるからなー!」


美海は両手を伸ばしてあたし達に抱き着いた

その勢いで押されてあたし達3人は一緒に倒れこむようにソファに座り込んだ

色々やらなきゃいけないことはあるけど、しばらくはのんびりしようかな。

思っていたよりはかなり違う形にはなったけど柚季と一緒に暮らせる。しかも美海とも一緒に暮らせるんだ、親友だったのがペットという格下げどころじゃないことになったけど

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