第57話 迷いの山村

 今日も無事に朝の配達を終え、ミクルたちご一行は白いワンボックスカーで移動し、昼からの配達ルートをさ迷っていた。


「えっと、丸々さんの家はどこでしょうか?」

「そして販売店の場所はどこかしら?」


 ミクルが運転する中、助手席にいたリンカが車窓を開けて、手元の方位磁石で方角を確認する。

 皆様、心の下準備はオッケーですかー?


「リンカ、さりげなく帰りたいアピールすな」

「ですが、昼間から集金に回って、まだ一軒もたどり着けてないのですわよ?」

「……ミクルがナビ慣れしてないのが一番の原因」


 人工衛星が手助けしても、迷い犬の行く手は、この場で堂々巡りのままなのか?

 そこ掘れワンワンしたら、宝の地図が見つかり、少しは状況が一変するかも……。


「だって、この先を直進してと表示されたのに素直に従ったらこうですよ? 理不尽過ぎませんか?」

「だからといって山村に迷い込むかね」


 周りは森林だらけで、丘の向こうに大層な家が建ってるのがポツンと見える。

 そこにポツリと二世帯住宅。


「……後戻りはも~うできない」

「さりげなく、ひくらしの主題歌ぶつけてくるの止めん? ガチでヒクで」


 ジーラの替え歌に嫌気がさしたケセラは正しい歌詞を教える。

 この職場でお金を貯めて上京し、将来の夢は歌のお姉さん希望か?


「……ジッジッ、ジリジリジリ」

「そりゃ、アブラゼミや!」


 物悲しいひぐらしの鳴き声に比べ、アブラゼミは元気一杯陽キャな部類である。


「ケセラさん、丸々さんの家の場所が!」

「何や、ようやく分かったん?」

「ナビ上から消えました!!」

「離れすぎや‼」


 ナビのルートから離れたミクルに来た道へと戻り直すよう、指示するケセラ。

 ケセラナビの方がよくね?


「もういいから運転変われや。ウチが進んだ方が早いで」

「……牛丼一筋400円、早いの、旨いの」

「ジーラもニヤニヤしながら、ニクニクマンの歌を歌わんでいいから、じっとしとって」


 昔は300円で食べれたのに、今ではもう一押しお金を追加しないと食べれない。 

 世の中の景気の悪さが、寒い歌詞を通じて伺える。


「……ミクル、ここの牛丼という出だしは少し力を入れて」

「フムフム。別にお出汁を入れるわけじゃないんですね」

「それではミクルちゃん。次は発声練習いってみましょうか」

「はい! リンカコーチ!」


 ミクルが大きく息を吸い込んで、ゴホゴホと咳き込む。

 息の吸い込み過ぎや。


「アエイウエイ、アオー!」

「アオー!」

「……ブルー(青い)サファイアー!」

「うっさい、車内で叫ぶなや‼」


 ジーラだけポ○モンゲームのタイトルだったが、それを狭い車内で騒いでると、喧しいを通り越して逆にウザい。


「それにミクルに歌わせんなや。彼女が音痴なことは承知やろ?」

「……忘れてた」

「100年前のことでしょうか?」

「ウチら生まれてないやろ!!」


 ミクルが音痴な歌をここで発動させれば、それこそ命の危険がある。

 ケセラも動揺を隠しきれない。


「あれだけ啖呵切って、ケセラさんの声が一番大きいですよね」

「……拡声器入らず」

「誰のせいやね!」


 ケセラの運転する車は山村の周囲をグルグルと回る。

 この調子だとケセラも迷ったようだ。


「──はて、今日は何かあったかのう?」


 そうとも知らず、丸々さん家のおじいちゃんは今日も盆栽の剪定をしながら、ホゲーと一日を過ごしていたのだった……。

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