第29話 トレス高オッケー
「……それではトレスを開始する」
ジーラ漫画家が各自に渡したまな板のようなトレス台に原稿を置く。
トレスとはラフの原本を下に置き、その上に別の原稿をのせて、イラストを写す技術であり、トレースの略語でもある。
「何か手術するみたいやな」
ジーラ漫画家が『ペン!!』と叫んで、ミクルから受け取る場面を眺めていたケセラがペンを握った手を止める。
今、作業を止めたら、また締め切りに間に合わないというのに。
毎週が命懸けの週刊誌の切実なる悲鳴が聞こえそうである……。
そこは地獄か、はてや、生き地獄か。
おいでやす。
「……現場では何かと事件に追われておる」「追うものはイタチかネズミかしら」
リンカが二つのイラストを描いて見せるが、絵心がないせいか、イタチが犬のダックスフントにも見える。
常にちょっかいをかける青い毛並みの猫に見えないだけ、幾分かマシだが……。
原作はトマト(青い果実)とゼリーだったかな?
トマー、ゼリー、仲良くサンドしな♪
「ハムスターだったら、可愛いげがあるんですけどね」
ミクルが手元の紙に可愛らしいネズミを描いてみせる。
普段はポヤーとしてるのに、イラストは中々の腕前である。
「ミクルよ、野生のハムスターをなめたらあかんで。厳しい環境で生きる動物でもあり、2年くらいしか生きられん」
「うるうる。そんなに短命なのですか」
ミクルがハンカチを目に当てて、潤んだ瞳でハムスターの命運を祈った。
祈るだけなら罪もバツもない。
「……
「あらまあ、
「コンビニとコラボした飯じゃないで」
恐らく、ジーラ漫画家はお腹が減ってるのだろう。
毎度、固形ブロックでは一時的しか空腹は満たされない。
バランス栄養食の名が
「……それでは、今回のトレスはハムスターを中心に描いていこうと思う」
ジーラ漫画家の意見により、今週はハムスターを題材に進めることになった。
「先生、生け捕りですか?」
「いんや、ミクル。身近に資料集があるやろ」
ミクルが作業場の隅にあった虫取り網と虫取りカゴを持ってきて準備を整えるが、ケセラがツッコミながら、ミクルの手元に大量の本を置く。
ハムスター関連の資料や。
とりあえず、この山のような本、全部、目を通せやー的な。
「最近の環境は便利ですね」
「ハムスターの戦況も大分変わってきましたわね」
主人さま、報告いたします。
ハムスター王国が奇襲に逢いました。
敵はペットショップの店員です。
多勢に無勢で『おいでやす』どころじゃありません!
「何なん、ハムスター軍でも結成してるん?」
ハムスター軍は連携を取りながら、地中に深く穴を堀り続ける。
掘っても芋は弄るな。
今日の晩御飯の肉じゃがに使うのだから。
「……じゃあ、その結成記念に生け捕りをする。皆の衆、ペンを構えて、持ち場につけ」
「せんわ‼」
ジーラ漫画家の火縄銃な案は、ちゃっかりとキャンセルされ、徳川イエイーヤスの血がたぎったのか、悔しそうに爪を噛む。
その爪に栄養素は含まれてない。
淑女の悪い癖じゃなく、嗜みである。
そんなことより、トレスはしなくていいのだろうか?
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