第30話 動じん誌

「……というわけで、同人誌が完成した」


 ジーラ漫画家は商業誌で活動の傍ら、自主製作の漫画も創作していた。

 商業誌とは違い、ほとんど儲からないが、売れ線を狙う一般創作とは違い、アニメやゲームをモチーフにした二次創作など、自分の好きな世界を描くことが可能なのだ。


 まさに描くことが、好きじゃないと続かない物語。

 同人誌とは、ピュアなようで、シビアな世界である。


「汗と涙の結晶ですわ」

「いや、紙の本にとって水は大敵やから」


 一見、手軽に手に入る紙だが、水分を含ませると使い物にならない。

 あのトイレットペーパーもだが、仲間と同じ学校に受かりたい気分で必死に製作したカンニングペーパーもだ。


「もう水臭いですね」

「そこは瑞々しいと言って欲しいですわ」


 ミクルとリンカが談笑しながら、本来の目的すらも忘れている。

 ここは作業部屋でも相撲部屋でもなく、女の子たちが主催な花のえんか?


「おい、水は分かったから、さっさと印刷所に」


 ケセラの我慢も限界まできていた。

 怒りの臨海点はとっくに過ぎ去っている。


「……今日、印刷所に持ち込んだら水曜日には仕上がる予定」


 ジーラ漫画家が同人誌の原稿の束を、ミクルに託すように握らせる。

 ニューヨーグの女神はソフトクリームを持っているが、ミクルが持ってるのは板のりのイメージが強い。


「水曜日のネーミングは水星からとった日にちって本気ですかあー?」

「……昔は水の豊かな惑星だっただけに」


 ミクルに釣られて、ジーラ漫画家も惑星の餌に引っかかる。

 もう、この際だから、惑星で軽い部類にあたる水星なんて引き上げてしまえ。


「嘘つけ。神話からって聞いたで」


 うろ覚えだが、盗賊の神のように素早く移動するのが由来だった気がする。

 こんなこと覚えていても何の役にも立たないが……。


「なら、水星は神が住んでいる星ですね」

「なるほど。だからハレー彗星が発生するのですわね」


 待て、あれは爆発を繰り返した星が寿命で落ちていく現象であり、願い事を叶えてくれるというのはジンクスだったような。


「……どうせなら、カレーも背負ってきて欲しい」

「ジーラ先生はカレーが好きですもんね」

「それで、この同人誌にはカレーをしょくすコマが多いのか」


 ジーラ漫画家が暇さえあれば、カレーを食べているシーンを描く謎がようやく解けた。

 永久凍土の大地が溶けてきた気分でもある。


「……漫画家とは漫画の中に自分の好きな気持ちを込めるもの」

「こねくりまわして込めるですね」


 そんなにこねたら、カレーの具材がドロドロに溶けて、食べ物ではなく、飲み物感覚になってしまう。

 実際、ドリンク無料で飲み放題のチケットがあっても、ライスがなければ話にならない。


「屁理屈はええから、さっさと印刷所に行かんかーい‼」


 そう、同人誌というものは自ら足を運んで、印刷しなければただの落書き帳なのだ。 

 ケセラの厳しい口調に驚きを隠せなかったのは、その場で一番浮いていたケセラ自身でもあったと言わざるを得ない。


 まさにケセラの言葉にも動じない、すっとぼける三人組でもあった。

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