第8話 早急券

「乗客の皆様、特急券を確認いたします」


 若い女性の駅員が客席のお客と切符のやり取りをしている。

 決して数学のテストの点数が一桁で親御さんに到底見せられないから、何とか点数だけでも書き換えてくれという怪しい闇の取引ではない。


「えっと、ありましたわ」


 リンカがズボンのポッケからよれよれの券を取り出した。

 今にも千切れそうな券は車内の電灯に照らされて異様な存在感を放つ。


「お客様、それはスーパーの整理券のようですね」


 女性駅員が真顔で応対する中、『特急券をお買い求めになりますか?』と遠慮気味に催促をしてくるが、リンカは『ちょっと待って、もしかすると別の場所に……』と言いながら手持ちのバッグを探る。


「……フッ、折角せっかくの休日を利用して乗ったと思えば、紙切れさえも無いとは」


 この世界ではローマの休日というものがあるが、電車の休日というものはない。

 休日を利用して旅を楽しむリンカを含めた四人の仲間たちにも平凡な休日なんてあるはずがなかった。


「そういうジーラはどうですの」

「……フッ、実は自分も食券だったりする」


 ジーラがカツサンドと印刷された食券を見せびらかしながら、ここのお店のパンは絶品だと私語(死語)アピールをする。


「あの、お二人ともご冗談を。私なんて肩たたき券ですよ」


 ミクルが手書きで書かれた紙切れを前にしてほのかに照れた横顔を見せる。

 なるほど親宛に書いた自作の券か。


「そんなことないですわ。愛がこもってていいですわ」

「……どんな物でも手作りには叶わない」


 愛、覚えてますかではないが、愛情弁当に入っていた卵焼きほど美味なものはない。

 例え、それが券だとしても捉え所によれば、素晴らしい券であることは確かである。


「あの、お客様、特急券をお買い求めになりますか?」   


 女性の駅員が困ったような笑顔でミクルたちに再度確認をする。

 買わないなら、不正乗車なので、お姉さんが縄で縛って署まで連行しちゃうわみたいな。


「お姉さんはどの券がお好みかしら?」

「あの、特急券を……」


 お姉さん駅員は少し顔を引きつかせながら、マニュアルな説得を続けている。


「お姉さんからのということで、実は死への招待という切符を持ってるのですの」

「……そっ、それは日本最高峰の高さを誇るバンジージャンプの予約券!?」

「えっ、何か鳥肌が立ってきましたね。私も今から新しい券を製作しますね」


 リンカの人気絶頂中の乗り物券を見て、他の二人の闘争心に火がついたようだ。

 ミクルなんてポーチからメモ用紙とペンを出して、いそいそと準備に取りかかる。


「マウンティングはええから、はよ特急券を買えや!!」


 ケセラの鋭いツッコミが飛び交う中で、お3人さんはそれぞれの券を模索中であった。

 その後、遊び以外に手持ちのお金がないというふざけた理由から、ケセラが纏めて特急券を購入したのは言うまでもない……。

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