第7話 財布とセットで
朝の通勤ラッシュ。
満員電車にて、その事件は起きた。
「誰か捕まえてー、泥棒よ! 財布を盗まれたわ!」
その満員電車の中で若い女性による文句の叫びが車両内に響き渡る。
「……むむっ、それはけしからん」
今日も操縦席の横で少年漫画を読みふけっていたジーラ駅員が、言葉とは裏腹に再び漫画に目を通す。
「あのー? 窃盗事件ですよ?」
ミクル駅員が先輩のジーラ駅員に肝心なことを伝えるが、当のジーラ駅員は本に集中しながら、呪いの言葉をポツリと漏らした。
「……それくらいのことで動揺してたら駅員にはなれない」
少しも感情を動かさずにミクル駅員に先輩としての遺言を伝えるジーラ駅員。
いや、遺言をじゃなくて威厳だった。
「はい。警察のお世話になれということですわ」
リンカ駅員の言うことも間違っていない。
駅員はあくまでも駅員であり、自分の身の安全の確保が優先である。
恐らく乗客の誰かが通報し、マッハ3の速度で警察が駆けつけるだろう。
まさに光の国のおサツ(警察)様である。
普通のさつま芋より糖度は高めだ。
「……そうそう。無駄な命を削りたくないし」
削るのはライフポイントが柄となった鉛筆型のサイコロのことだろうか。
確かに普通の鉛筆よりも値段は高めだし、無駄にサイコロ鉛筆を削りたくない。
削るのは鰹節と炭鉱節だけで十分だ。
「分かります。相手が凶器を持っていたら逆にピンチですもの」
「……玄関開けたら二秒でナイフ」
「物騒な世の中ですわね」
そんな危ない玄関に帰ってくるなら、騎士の鎧でも着込んで帰宅した方がいいだろう。
『何、あの人コスプレなの?』と後ろ指を指されても、彼女たちなら作り物の剣を構えて、こう言うだろう。
浅漬け用にスーパーで買った輪切りにカットされたたくあんで、感情のある工場ロボットも驚きな更なる薄い輪切りに挑戦してやんよと。
「ナイフじゃなくて焼きそばパンだったらどうします?」
「……貰えるものは貰おう」
ジーラゾンビは職務に忠実な中、お腹が減っていた。
肉よりも小麦が好きなものだから、なおさらである。
それにジーラにとって、焼きそばパンは三度の米より大好物であった。
「ええからとっとと追いかけろや!」
乗客の一人でもあるケセラが怒り、ジーラ駅員に檄を飛ばす。
ライト姉妹もこうやって空へと旅立ったものだ。
「……しょうがないな。まずはリミッターを解除して」
ジーラ駅員がよっこらせと呟き、ブックカバーから本を外して、何かのお経を唱え始める。
そんなに重い念仏を聞く我輩は尼さんではなく、ただの一般人である。
「ただ漫画本を床に置いただけやろ?」
「……きっかけは一冊の本からだった」
ジーラ駅員が床の本に黙祷をしながら、本だけに本音を言ってみる。
キーワードは『小声に出して読みたい日本語』である。
「ええからはよ行け!」
「ぎゃふーん!!」
ケセラの怒声を耳にしながら、ジーラ駅員は思った。
機関車ニジマスみたいに電車にも感情を持たせて喋ったら、盗人もビビるだろうし、犯罪を未然に防げて良くない? かと……。
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