32話 目

 暗い道を歩く。目の前は黒で染まっており、辛うじて月明かりによって道が見えている程度だ。


 空に浮かんでいるのが月なのかどうかはわからないが。


「あったわ、あれよ」


 先頭を進んでいたメイが振り返ってそう言う。


 暗闇に紛れて見辛かったがそこには確かに木製の建物があった。


 しかし、その建物は蔦が絡まり、所々に穴が開いているボロ屋だった。


 今にも朽ち果てそうなその宿を見て少し不安を覚える。


「なあ、今にもつぶれそうだが大丈夫か?」


「まあつぶれた時はドンマイってことで」


「おいおい……」


「冗談よ。一応つぶれないように強化しておくわ」


「それならいい。サンキューな」


 ハルは眉をひそめてボロ屋を見ていた。


 俺はそれに気づく。


「ハル? どうし「先客がいるわ」


 ハルは俺の言葉に被せるように言う。


「私はそんな風には感じなかったけど……」


「いや、確かにいるわ。しかも複数」


「何人ぐらいいるかわかるか?」


「えーと……、五人ぐらいかな」


「わかった。どうする?」


 俺は、建物の前に人がいる痕跡が一切ないことから、中にいる人が身を潜めているように感じた。


 それは何かから逃げているためか、それとも入ってきた人間を襲うためか。


 もしくは、両方か。


「俺は中にいる人間が友好的ではないと思うが、どう思う?」


 俺はそれに気づいたハルに意見を促す。


 ハルは静かに首肯する。


「私もその意見には同意ね。メイはどう?」


「……ええ、そうね。私もそう思うわ」


「じゃあスルーでいいか?」


 俺は再度質問を投げる。


「まあしょうがないね。変に争う必要もないでしょ」


「なあメイ、ほかに宿の残りはないか?」


「この近くにはもうないわ」


「じゃあ野宿かな」


「え」


 ハルは信じられないというように声をあげる。


「どうした?」


 ハルに問う。


「野宿するぐらいなら中の奴らからあの場所を取り返す」


「そんなこと言ってないで、ほら、さっさと行くぞ」


「えー」


 ハルを引き摺りながら俺は道を進んでいく。


 ザッザと後ろにメイの足音が続く。


 そして、宿の前を通り過ぎる。


 入り口だろう引き戸が見える。


 それが少し開いている。隙間からは中の様子が見えない。


 その時、その隙間から二つの光が現れる。


 目だ。


 俺は驚き、そして目を離せないでいた。


 ギロギロと目を右往左往させ、やがて俺と目が合う。


 背筋が凍る。体の芯から撫でられるような悪寒。


 目が合った一瞬で嫌な汗が噴き出てくる。


 そしてそれらは一瞬でなくなる。


「ハル、メイ。さっさと通るぞ」


 俺は焦りながら二人に告げる。


「どうしたの急に」


「いいから早く!」


 ほとんど怒鳴っていた。


 二人は俺のただならぬ様子で察したのか、それ以上は何も言わず早足で進み始めた。


 一刻も早くここから離れたかった。


 それほどまでに、それは不気味だった。

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