投獄

7話 アカソという国

 馬車が進み始める。それを裏付けるように馬車が揺れ始める。


 さっき俺がなぎ倒した盗賊の一味は縄で縛り、無理やり意識を覚醒させ、馬車の後ろを歩かせているようだ。どうやって意識を覚醒させたのかはわからない。


 先ほどからずっと中にいる執事の人は、


「アルベガ様から一時的に客人についていろという命を受けたのですが、ここに居てよろしいでしょうか?」


 と聞かれたので、OKを出した。


 途端、どこからともなくカップとポットを取り出したときはめちゃくちゃ驚いた。


 そして今現在、ハルはなぜか俺の方にもたれかかって眠っており、ほとんど執事の人と二人っきりといっても過言ではない。気まずい。気まずすぎる。何か話を振ったほうがいいのか。


「少し気になったことがありまして、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


 話しかけようとした矢先、執事の人が話しかけてきた。俺はその話題に飛びつく。


「どうぞ、えっと、名前を聞いても?」


「私はミナトと申します。以後お見知りおきを」


「俺は……」


 そこで俺は言いよどむ。ここで俺の名前を告げてもいいのだろうか。でも隠してたら会話がしずらくなるだろうし。


 結果、俺は素直に言うことにした。偽名をド忘れすることもあるかもしれない。


「俺の名前はイツキだ。それでミナトさん、何か?」


「今回、盗賊どもを撃退してくださったイツキ様の活躍を見ておりました。そこで気になったのですが、普段どんな稽古をしているのでしょうか?」


「と、言うと?」


「今回見せてもらった動き、少し幼稚すぎた気が致しました。急所を狙うことなく、相手との距離も測らず、ただ力だけで抑え込んでいると私は感じました」


 なるほど、それもそうだ。技術などは一切持ち合わせていない。なので実際ただ抑え込んでいるだけであった。しかし、これをそのまま伝えるわけにはいかない。明らかに怪しすぎる。


 俺は用意されたお茶を一口飲む。美味しい。そういえばハルもこのお茶を飲み切っていたな。相当いいものなのだろう。


 お茶を飲んでいる間、返事を考えていた。


 そして、返答に詰まっていると、ミナトさんが口を開く。


「もしかして、技術など必要ですらない相手だったということですか?」


 ちょうどいいパスが飛んできた。今回はこれに乗っかろう。


「まぁ、そんなところだな」


「ふむ、なるほど……」


 なぜかミナトさんは下を向き考え込んでしまった。


 ふと気になったが、この人は何歳なのだろう。見た目は20代後半、の割には少しダンディな雰囲気を纏っている。髪の毛とかオールバックだし、妙に燕尾服とマッチしている。


「? どうかしましたか?」


「いや、何でもない」


 俺はそういうと、窓の外へと視線を向けた。森の木々がただただ通り過ぎていく。風が心地いい。


 そのせいで気付かなかった。後ろにいるミナトが訝し気な目線をこちらに向けていることに。






 それから馬車に揺られてどのくらいたっただろうか。木で埋め尽くされていたはずの視界が突如開けた。


 開けた先に見えるのは高い防壁のようなものだった。見たところ、コンクリートみたいな感じがする。


「あの町がアカソ?」


「はい、そうです。正確には王国ですけど」


「王国か。ちなみにどのくらいの規模?」


「いま私たちがいるのはノヒン大陸で、その中では二番目の規模を誇っています。特に商業が発達しており、貿易なども盛んにおこなわれています」


 聞かれた質問に淡々と答えていくミナトさん。そんな姿を見て少しかっこいいと思ってしまった。


「もう少しで目的地に着きますのでもう少々お待ちください」


「いや、別に入り口で降ろしてくれればいいよ」


「入り口には検問所が設けられており、簡単に行き来はできないようになっています。何か相応の身分を証明するものをお持ちで?」


「それはないけど……」


 何故か断らせないような圧を感じる。別に逃げてもいいのだが、せっかくの厚意だ、ありがたく受け取っておこう。


 ていうかちょっと待て、俺は今この世界に来たばっかりだ。身分を証明するものどころか身分すら持っていない。こんな人間はこの世界の人たちからしたら怪しいことこの上ない。


 どうしようか悩んでいると、ミナトさんが話しかけてくる。


「とりあえず馬車を守ってくださったお礼も兼ねて、屋敷に招待するように言われておりますので」


「屋敷、ですか」


「はい、そうです。改めて礼がしたいとアルベガ様も仰っています」


 そういう話をしているうちに検問所らしき場所を通り過ぎていく。特に止まって調べられたわけではない。顔パスってやつか。


「アルベガ様は王家と直接繋がりがあるため、もしかしたら王から呼ばれるかもしれません」


 マジか、こんな怪しいやつが王に呼ばれていいのだろうか。


 でも厚意で言ってくれてるのだろう。そう信じて、


「わかった。屋敷にお邪魔させてもらう」


 そう答えた。






 そしてまた馬車に揺られる事数十分、町の喧騒を聞き流しながら街を眺め続けていた。


 大通りを通っている。人や馬車の往来も激しい。たくさんの馬車が行き交う。その道に沿うようにして屋台が並んでいた。八百屋から何か生地を焼いている店。雑貨屋なども見える。ここでは人々がみな活気にあふれ、元気に騒いでいるようだった。


 この王国にはそれと言って高い建物は存在していない、中央に見えるあの建物以外は。


 宮殿。一言で例えるならばそうだった。白塗りされているのが空からの光で反射してより一層輝いて見える。恐らくあれが王の住居だろう。この大通りを進んだ先に門が三つほど見え、その先にその宮殿が見えている。その宮殿を山頂とした山のようになっており、そこに向けて上り坂になっているように感じる。遠めだが武装した門番らしき人間もたくさん見える。


 どんどん門に近づいていく。門を境に建物が豪華になっている。位によって住む場所を分けているのだろうか。じゃあアルベガとやらはどのあたりに住んでいるのだろうか。王と直接関係があるとかも言ってたよな。


 何かいやな予感がする。


「イツキ様、少しよろしいでしょうか」


 突然後ろから話しかけられる。どうかしたか、と問いかけようとした時、突然、首元に重い一撃が当たる。ふっと意識が遠くなる。


「失礼」


 静かにミナトはそう呟く。


「さぁ、楽しいおしゃべり会の始まりですかね」


 そういうミナトだったが、表情は楽しさとは無縁の雰囲気を醸し出していた。

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