第14話

その夜、真っ暗な部屋にマサルは疲れた体をベッドに預け、グループラインを見た。そこには皆からの異常はなかったという報告が所狭しと並んでいた。

 俺はグループの最上段にある『三年a組~73期生~』と書かれた部分をタップすると、三十人全員のアイコンがあいうえお順表示された。ラインのアカウント一つとっても、名前の表記が漢字ではなくローマ字だったり、設定しているBGMも一人一人違って個性が現れている。その中のアザラシのぬいぐるみの写真をタップし、通話のボタンの上に人差し指を置いた。この写真を見る度、何となくアサミらしいアイコンだなと思ってしまう。

 ホームルーム終了後にミカがマークの事を話していたとき、女子達は皆ミカの言葉に頷いていた。だが、その中のふと目についたアサミの浮かない顔が何故か頭から離れずにいた。何かマークのことで問題があったんじゃないかという疑念が頭を過る度、考えすぎだ、というもう一人の自分が現れては疑念を掻き消した。

 はぁ、と口から息を吐きながら置いていた指を下げ、スマホを枕のそばに投げるように置き、枕に顔をうずめた。

 一体全体あの首元のマークは何なんだろうか。そしてほぼ同時期に、皆同じ場所にあるのだろうか。そして、何故、俺には……。

 ──テテテテテテテテン。

 バイブと共に枕元から鳴った軽快な木琴の着信音で目を覚ました。少しだけ休憩するつもりが、どうやら寝てしまっていたらしい。俺は寝ぼけまなこでスマホを手に取り、欠伸交じりの声で電話に出た。

「はい」

「もしもし、マサル君?」

 そのアサミの声はどこか、母に似ていた。

「寝てた、よね?」

 夜遅いからか、声量が少し小さい。だが、そんな小声でも頭の中の靄は猛烈な勢いで晴れていく。

「いや、大丈夫だよ」

「ごめんね。実は、今日の事なんだけど」

 アサミは一呼吸ずつ置きながら、丁寧に話す。

「あぁ、アサミも異常なかったんだよね。良かった」

「そうだったんだけど、今日サリちゃんが一か月前ぐらいからあるって言ってたの覚えてる?」

「うん」

「実はね、私も一か月ぐらい前からあるの……」

「……え」

 理由の分からない寒気が背筋をなぞる。頭の片隅でサリとアサミの共通点はあったかと考えるが、何も思いつかない。

「いつからあるとか具体的に覚えてたりする?」

「九月一日だったと思う。手に着いた絵の具が中々落ちなかったから、その日だけはよく覚えてる」

 九月一日、絵の具。

 その二つのキーワードがカチっと音を立て繋がると、俺はベッドから上半身を起こし、十月になっている卓上カレンダーを一枚戻す。九月一日、登校日。アサミと文化祭用の絵を一緒に描いた日だ。

「何か怖くて、ネットで調べても全然出てこないし、お母さんにもずっと見せないように過ごしてたんだけど、今日、皆は文化祭終わった後ぐらいから出てきたって言ってたの聞いて……」

 恐怖と不安に押し潰されそうになっている姿が、アサミの震える声を聞き、電話越しに分かった。

「それで余計怖くなっちゃって、怖くて怖くて、サリともそんなに仲良くないし、友達にも、相談できないし……」

 最後の言葉の語尾が涙に負けて、形になっていなかった。

「大丈夫。皆には言ってないけどさ、実は俺もアサミと同じ時期からあるんだ」

「……ほんと?」

「うん、本当だよ。だから心配しなくていい。とりあえず、俺もまた色々調べてみる」

「……分かった。何か急にごめんね。話せて心が軽くなった感じがする」

 形が戻った語尾に安堵すると同時に、その裏に貼り付いてやってきた罪悪感に襲われる。

「よかった。俺も不安だったから助かったよ」

「ううん……、お礼を言いたいのはこっちだよ。じゃぁ、おやすみ」

「うん、おやすみ」

 電話が切れる音と一緒に、何か大切なものも切れてしまった気がした。

 ふと正面を向くと、首元まで月光に照らされた姿見鏡の中にいる俺はとても寂しそうな顔をしていた。

 おもむろにTシャツの首元を少し下に下げる。

 まだxのマークはどこにも見当たらない。

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