第54話 誰が為のアイドル

 私――遠野麗子が追い込まれたのは、真っ暗で何も見えない部屋だった。


 暗闇に戸惑っていると、次の瞬間、部屋の電気が一斉に点く。

 そして眼前に広がったのは、ハートやら星やらのバルーンで飾られたライブステージ。

 その上に立つのは紫とピンク。フリルなアイドル衣装に身を包んだ美夜とハルカの姿。


「くっ、何をふざけた真似を、アンタたち一体何がしたいのよ!」


 犯罪の証拠を掴んだのなら、すぐに警察を呼べばいい。

 それだけで星空ハルカは助かるはずだ。

 なのに、変装して、私の仲間を懐柔して、次から次へと出てくるアイドルども。

 気味が悪い。不愉快だ。こいつらの目的が全く分からない。  


「何がしたい? そうよね、解らないわよね。ここまで来たら、あとは警察に任せればいい……でもね、そんなのはアイドル、黒帳美夜やり方じゃない!」


 本当に何を言っている。アイドルのやり方? 何だよそれ。アイドルってのは、顔のイイ奴が、ばかを騙して、金を巻き上げるのが仕事だろうが。

 

「何よ、まさか自分たちの手で後輩の復讐でもしようってか? アイドルってのは存外血の気が多いのね? それともアレか、人気稼ぎか!? 視聴率取れそうだもんなぁ、この馬鹿げた企画はさぁ!」 


 力の限り吠える。

 勝ちを拾うことは諦めていた。今の私に出来ることは、全力で悪意を振りまくだけ。

 何の意味もない行動。でも、そこには間違いなく麗子の矜持があった。


 ――糞の役にも立たない善良なんて死に晒せ。

 ――私に何かを与えてくれるのは、いつも悪だった。


 ならば私は、最後まで悪に殉ずる。

 

 けれど、目の前のアイドルは、私の悪意をまるで、受け流すかのように、抱きとめるかのように……美しい笑顔を浮かべた。


「復讐? 人気? やっぱり分かってない。遠野麗子、あなたはアイドルの何たるかを何一つ理解していない……」


 一瞬だけ……見惚れてしまった。

 そんな自分が信じられず呪いたくなる。


「悪党を裁くだけならアイドルはいらないのよ! たとえ、どんな悪が相手でも、愛と希望を唄うのがアイドルなの」


「はっ、何を言い出すかと思えば、やっぱりただの綺麗ごとか。背中がかゆくなる、気持ち悪いんだよ!」


 気の迷いを振り払って、叫ぶ。否定する。


「第一、出来るのかよ。お前はともかく、隣に立ってるハルカちゃんはさぁ! なんてったって私は、お前の家族だまくらかして、店も夢も全部ぶっ壊そうとした張本人なんだからさぁ!」


 そうだ、何が愛だ。希望だ。

 そんなことができるわけがない。


「私のことが嫌いだろ! 憎いだろ! なのに、私に愛を唄うだぁ? はは、笑わせる、そんなこと出来るわけが――」


「出来るよ、麗子さん」


 ふわりと……星空ハルカが私の目の前に舞い降りた。

  

「私は、星空ハルカはアイドルだから……だから、むしろ麗子さんにこそ、愛を唄うよ。アイドルの星空ハルカを、麗子さんに見て欲しい」


 その両手で包むように、優しく、暖かく、握られる私の冷めた手。

 感じたことのないモノが、そこから伝わる。


「ハルカ、準備はいい?」

「はい、美夜さん」


 ハルカは振り返り、美夜に返事をする。

 見えていなくても、今どんな表情をしているか容易に想像がつく、夜空に輝く星空のような声で。

 ステージの上に戻るハルカ。そして、


「さあ、遠野麗子。ファン垂涎すいぜんの特等席で、目と耳かっぽじって感じなさい」


「「アイドルを魅せてあげる!」」

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