第53話 逃亡の果て
逃げ出す遠野麗子の背中を、私――黒帳美夜は冷静に見送る。
もちろん、このまま逃がすつもりはない。
計画が第二段階に進んだだけだ。
「美夜くん。予定通り、ターゲットはルートアルファを進んでるよ」
テーブルの上に広げられたノートパソコンを見ながらクレアちゃんが言った。モニターに映っているのはホテル内に仕掛けた隠しカメラの分割画像。
そのうちの一つに、逃げ惑う遠野麗子の姿があった。
「おっけ。音声感度も良好。何かイレギュラーがあったら連絡して」
「わかった。こっちは任せて」
イヤホンマイクの確認をしながらクレアちゃんと最終確認を済ませる。
「それじゃあ、次は例の場所で。さあ、ハルカ行くわよ」
「え、美夜さん!? どこに……礼香さんを追うんです?」
私に手を取られ、半ば強引に立たされたハルカちゃん。
あんな詐欺師のことを、まだ〝さん〟付けで呼ぶんだから、律儀というか、真面目過ぎるというか。
「遠野麗子を追うってのは、半分は正解で、半分はハズレかな」
そんな言葉遊びにハルカがきょとんとした顔をする。
ったく、さっきまで世界の終わりみたいな顔してたのに、もう平気そうだ。主人公メンタル半端ないな。
カレプリアイドルの犯罪係数って、軒並み0に違いないわ。
□■
「あんなガキ共にしてやられるなんて……けど、こんなところで捕まってたまるか」
この遠野麗子様が、こんな失態……いや、今は冷静に、失敗はあとで取り返せばいい。
だが、さっきから出口を目指しているのにグルグルと遠回りさせられているような気がする。
エレベーターが故障していたり、道が封鎖されていたり――。
まさかこれも、あのアイドルどもが……いや、考え過ぎか。
「とりあえず、まずは電話だ……」
顧客データを廃棄させて、それから船の手配か……。ほとぼり冷めるまで海外生活にはなるが、今まで稼いだ分でどうにかなる。
場合によってはこのまま海外を拠点に活動するという手もありかもしれない。
「そんで落ち着いた頃に、楽しい楽しい復讐タイムってね……」
けど、まず、そのためには部下と連絡を取らないと――。
「――だってのに糞がっ! 何で誰も出ないのよ! く、この……」
さっきから何度もかけた。何人にもかけた。
でも、誰も出ない。私が仕事中のこの時間に、誰一人連絡がつかないなんて、あり得ない。
異常事態としか言いようがない。
いい加減疲れて、壁に寄り掛かった、その時――。
「あ、あのぅ、突然で申し訳ないのですが、いくら電話をされても、誰もお出にならないと思いますよ?」
「ひぃ、な、何、あんた!?」
目の前に居たのは――こいつもアイドルなのだろう、私でも息を飲むような、子供離れした整った顔立ち。白銀の妖精のような女。
「初めまして、遠野麗子さん。わたくし、美夜さんとひかりさんを見守る系アイドル、天乃マリアです。あ、でも最近は美夜さんとハルカさんのカップリングも熱いんですよねー」
また変なやつが……くそ、不気味なガキだ。
こんな時にポヤポヤと……こいつ本当に状況が分かっているのか?
「何をわけ分かんないこと言って……っていうか電話に誰も出ないって、何で断言できるのよ」
その問いに、目の前の妖精女は、口元に指を当てて、さも当然のようにぽやんと言い放った。
「だって、遠野麗子さんのお仲間の方々は皆さん自首なさって、今頃警察で取り調べ中ですので」
何か馬鹿なことを言ってくるだろうとは思っていたが、想像以上のくだらない言葉に、私は鼻で笑う。
「はっ、何を馬鹿なことを、あいつらがそんなタマな訳ないでしょ。人を人とも思わないクズの集まりなのよ」
「はい、皆さん最初はとてもお怒りになられていましたけど、わたくしが一曲歌ったら、とても感動して下さって……皆さん涙を流しながら全部の罪を白状してくださいましたよ」
世迷言……妄想……に違いないはずなのに、何だ、何でだ、この女の言葉が全く嘘に聞こえない……。
「そ……そんなわけ……」
「では、これを……実際にお話して頂ければ納得いただけるかと……」
妖精女が手渡してきたのは、通話中になっている一台のスマートフォン。恐る恐る耳に当てると――。
「麗子さんですか? 真々田です」
真々田の声だった。この下っ端! 借金で首括るしかないところを私が拾ってやったってのに、電話も出ねえで何やってんだよ!
「あんた何やって……くっ、もういいわ! 事務所のデータ処分して、船の手配しなさい! 高跳びするからアンタも一緒に――」
だが、焦る私の言葉を遮るように、真々田はゾンビのような声で言った。
「無理です、麗子さん。俺、いや俺たち、みんな人生やり直すって決めたんです。麗子さん、知ってました? この世界には、本物の天使が居たんですよ……」
「て、天使って、あんた……何言って、ついに頭でもおかしくなったの?」
「おかしかったのは今までです。俺たちみんな目が覚めたんです」
「俺たちって、まさかそこに全員いるの!? だったら早くさっきの命令実行しなさい!」
「無理です、麗子さん……だって、だって俺たち……」
「「「俺たち罪を償って、マリア様の推し活に人生捧げるって決めたんですよぉぉぉぉぉぉ!!!」」」
「ひぃ、いい嫌やぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
□■
――うっは、やっぱり無茶苦茶だ、マリアちゃん。
隠しカメラのモニターを見ながら私――黒帳美夜は、マリアちゃんの暴力的アイドル力に苦笑する。
「さっすがマリアね。内戦を止めた天使の歌声は伊達じゃないわ」
『そんな大層な……でも最後には人生一からやり直すって、なぜか皆さんに祈りを捧げられてしまいました』
イヤホンから聞こえるマリアちゃんの声。
うん、このエンジェルボイスで歌われたら、鬼も悪魔も心洗われちゃうのは是非もないよね。
「美夜さん、これは一体……何がどうなっているんですか?」
訳も分からず連れて来られたハルカちゃんが、遠野麗子を監視するために用意された無数のモニター類に困惑の声を上げる。
「何って? もちろんアイドルのお仕事に決まってるでしょ」
「アイドルの仕事って……」
ふふふ、よくぞ聞いてくれました!
「題して――『突撃アイドルポリス~アイドル舐めたらアカンぜよ~』ってね。あるでしょ、警察密着二十四時みたいな番組。あれのアイドル版ね」
単純に言うと、悪い奴をアイドルがアイドルらしく成敗するって番組だ。
「ハルカの話を聞いておかしいと思ったの。いくらなんでも話が出来すぎだってね。だから、みんなの力を借りて調べた。それで分かったの、全てが最初から仕組まれていた罠だったってことが」
「じゃあ、この番組は……」
「そう、ハルカを救うために私が企画した、黒帳美夜プロデュースの新しいアイドル番組よ!」
超特急仕上げ。企画からロケまでたったの一日。
我ながら無茶したものである。
普段から無茶苦茶な番組制作してる、カレプリの世界のテレビマンにすら、『コイツ頭おかしいんじゃねえの?』って顔されたからね。
「私のために……美夜さんが……」
「そうね、でも、ハルカあなたもアイドルだったら、助けられているだけじゃダメよ」
「美夜さん……?」
「私は、最初……ハルカにお金を渡して今回の件を解決しようとした。それで学園長に怒られたわ。黒帳美夜とは、どんなアイドルなのか考えなさいって……」
「…………」
「そうして考えた。仲間と協力した。その答えがこの番組……だからハルカ。今度はあなたが考えなさい。今ここで、アイドル、星空ハルカが取るべき行動を!」
「私が、星空ハルカが取るべき行動……」
「遠野麗子をどうしたい? 一発殴る? ご両親に土下座させる? 何もせずに警察に突き出す? ハルカはどうしたい?」
私の問いに、ハルカちゃんが目を見開く。だが、その答えにたどり着くのにさほど時間はいらなかったらしい。
「美夜さん……私、決めました。でも、この答えって、きっと美夜さんがやろうとしていることと一緒……ですよね?」
ハルカちゃんのその言葉に、私は「そうかもね」と瞳で笑う。
『美夜くん、もうすぐターゲットがそっちの部屋に着く。出番だよ!』
「おっけークレア。じゃあ、ハルカ、行くよ」
「はい、美夜さん!」
「いい返事ね。でも、本当に分かっているの、ハルカ?」
「もちろんです、美夜さん。だって、アイドルが立つのはいつだって――」
「ステージの上! ですよね」
「ステージの上! だよね」
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