第52話 お前もアイドルか!?

「突撃アイドルポリスー~アイドル舐めたらアカンぜよっ! 遠野麗子、あんたの悪事は、このエターナルスターの女王、黒帳美夜様がゴロっと丸ごとお見通しよッ!」


「美夜さんっ!? え、何で……どうして?」


 田中さんと呼ばれていた女性の中(?)から、突然現れた美夜さんに、私――星空ハルカは驚愕する。


「どうしてって、ハルカを助けに来たに決まっているじゃない! そこの性悪な女狐からね!」


 自信に満ちた美夜さんの笑顔。

 その笑顔を一目見た瞬間、世界がひっくり返った。

 美夜さんとの未来を取り戻すために頑張ろうと思ったはずなのに、その先に見える未来には色がなくて、もうどうしたらいいか分からなくて……。

 それなのに、美夜さんが目の前にいる。

 美夜さんが助けに来てくれた。

 それだけで、モノクロだった世界が、波が広がるように色を取り戻す。


「助けるのが遅くなってごめん。最初に星空カフェで話したとき、ハルカのピンチに気づいてあげられなくてごめん。でも、今度こそ私がハルカを助けるから」


 それだけ言うと、美夜さんはその視線を礼香さんに移す。そして――


「さあ、遠野麗子、覚悟はいい? アンタに言いたいことはただ一つ、私の誰よりも大切な後輩をイジメてんじゃないわよ! アイドル舐めたらアカンぜよ!」



 □■


 何事かと最初は混乱したけど、アイドルのお友達が助けに来たってわけね。

 はっ、いじらしいこと。胸焼けするほどの甘ったるい友情ごっこに、私――遠野麗子は顔をしかめる。

 

 確かに驚いた。さっきのがアイドルの特殊能力というモノなのだろう。想像以上の演技やメイク、度胸だって大したものだ。

 だがそれだけ。それがどうしたというのか。

 むしろ、ガキ相手ならどうとでもなる。

 

「そう、あなたがハルカちゃんの言っていた先輩……黒帳美夜ちゃんね。後輩のためにこんなところまでやって来たのは素敵だと思うけれど、美夜ちゃんは何か勘違いをしているのではないかしら?」


 確かに、今回の星空カフェを嵌めた手口は、少し頭の回る人間なら気付くこともあるだろう。

 だがそれでも、私がやったという証拠を集めることは不可能だ。

 こっちは警察が本気で捜査したとしても証拠が出ないように対策しているのだから。

 アイドルだか何だか知らないが、こんなガキが嗅ぎまわったところで痛くもかゆくもない。


「さっきは随分と好き勝手言ってくれたけれど、私が裏で糸を引いていたという証拠でもあるのかしら?」

「もちろんあるわ。例えば星空カフェの悪評を広めていた犯人からは、あなたの命令でやった、という供述が取れているしね」

「なっ!? 嘘よ!」


 あの男が、そんなに簡単に口を割るわけがない。だって――

 

「あの男が口を割るわけがない。だって、言うことを聞かなければ、お前の借金を妹さんに肩代わりさせるって脅しているんだから――ですか?」

「何で、そのことを……嘘よ。そんな、あり得ない!」


 あれはギャンブル狂いのクズだったけれど、妹のことだけは本当に大事にしていた。

 妹を人質にされている時点で逆らえるはずが……。


「あり得ない……ね。確かに口コミの犯人は、警察にも、弁護士にも、誰にもあなたの名前は一切出さなかった。本気で妹さんのことを大切にしていたんでしょうね」


 あの男は誰にも話していない? 


「はは、じゃあ何? ただのハッタリってこと? 何よ、結局その犯人からは何も聞き出せていないんじゃ――」


 と言いかけた声を、横から何者かが遮る。


「――そんなことないわよ。だって私が行ったら、彼、洗いざらい全て話してくれたもの」

「誰よ!? こっちは取り込み中――って、なっ!?」


 何だ? 何が起こっている? これは夢なのか……?

 だって、どうして……何で私の目の前に

 それに顔だけじゃない、声や喋り方まで、そっくりで……。


「なーーーんてね。えへへ、誰にも話すなって脅されてても、その脅している本人がやってくれば、さすがに話しちゃうよね~。でもひかり、誰かにあんなに怖がられたことがないのから、ちょっとショックだったよ~」


 そう言って間の抜けた声で笑うは、「じゃあ正体バラしちゃうね」と言うと、顔に爪を立てペリペリとを剝がしてみせる。


「なっ、アンタ!?」

「美夜ちゃんみたいに、演技とメイクだけで騙せればよかったんだけどね、ひかりにはまだ無理だから特殊メイクして貰ったの~。初体験。ちょっと楽しかったよ♪」


 特殊メイクの下から出てきたのは、まだ年端も行かないような、青臭いメスガキ。 

 何だコイツもアイドルの仲間か? クソッ、こんな緊張感のない奴にしてやられるなんて……。


「というわけで、美夜ちゃんの一番の大親友アイドル、日野ひかりここに参上です!」

「くそ、ふざけた真似を――」


 あの男が口を割ったとなると、警察も動き始める。

 もたもたしている暇はない。ここは切り上げ時だ。でも、その前に――。


「私の仕事の邪魔をしてくれたお礼は、その綺麗なお顔で払ってもらおうかねぇ!」


 立ち上がると同時に、美夜とかいうガキの顔を袖に隠していたナイフで切りつける。

 怪我人が出て騒ぎになれば、混乱に乗じて逃げやすくなるはず。だが、


「おっと危ない、いけない子猫ちゃんだ。ボク達の女王様には指一本手出しはさせないよ」

「くっ、放せ! 何だお前!」


 振り上げた腕が、簡単に捕まれる。

 掴んでいる男は、さっきまで隣の席でパソコンを開いていたサラリーマン……いや、違う。コイツも……女のガキが変装してたのか!?


「くそ、お前もアイドルか!?」

「どうも、エターナルスター学園所属、可愛いカッコいい、立華クレアです。以後お見知りおき……を!」

「ぐあっ」


 クレアとかいうガキの腕に力が入る。

 その激痛に、手からナイフが零れ落ちる。

 

「ボクがいる限り、姫にも女王にも指一本触れさせないよ」

「ガキが、舐めるな!」


 こちとら何年裏社会で生きてきたと思ってる。修羅場だって何度も潜ってきた。身体の張り合いで、お前みたいなガキに負けるわけがねえんだよ!


 腕を離そうとしないガキの眼を狙って指を突き出す。

 ほんの少しでも怯めばこっちのものだ。さっさと抜け出して、その細い腕のへし折ってやる。


「なっ!?」


 何でコイツ……全く動揺しない。目をしっかり見開いたまま、最小限の動きであっさり避けやがった。


「一切の躊躇なしに目を狙ってくるんだね。そういう悪い手にはお仕置きしないと」


 その眼光が鋭く光る。さっと血の気が引くのが自分でも分かった。


 ――痛いのは嫌。痛いのは嫌。痛いのは……もう嫌!


 頭がガンガンする。

 嫌なことを思い出したせいだ。

 そうして、気づいた時にはホテルのラウンジを抜け出していた。

 あの状態からどうやって逃げたのかは覚えていなかった。

 

「くそ、くそ、くそぉ、あのガキども絶対に許さねえ……顔と名前、覚えたからな。絶対に復讐してやる。絶対に、絶対にだ……」


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