第49話 蜘蛛の巣

 今日は真々田さんの紹介で私を――アイドル、星空ハルカを支援したいと言ってくれている資産家の人と会う約束の日。


 失礼のないように綺麗な服で……と思ったけれど、自分のクローゼットを見れば見るほど子供っぽい服ばかりに思えて、結局エターナルスター学園の制服で来てしまった。

 もう二度と、着ることは無いと諦めていたこの制服。

 もう一度、着られると思うと、もう一度美夜さんと一緒にアイドルができると思うと、自然と足取りがスキップになっちゃう。


 約束の場所は、行ったことのない知らない街の高級ホテルのラウンジ。


「わあぁぁぁ、おっきいなぁ」 


 どーんとそびえ立つでっかいビルに面を喰らう。


「私、田舎育ちだからなぁ……。今の街に引っ越してきた時もすごい都会だと思ってたけど……本当の都会はもっとすごかったんだ……」


 ホテルから出てくるのは外国の人とか、カッコいいスーツを着た大人の人。

 何だか場違いな気がして、中に入る勇気を振り絞るだけで五分くらいかかっちゃった。


「こんなところで待ち合わせするなんて、資産家の人って、きっととても立派な人なんだろうなぁ」


 勇気を出してホテルの中を進む。そして約束の場所で待っていたのは、


「初めまして、ハルカちゃん。来栖礼香です、よろしくね」


 挨拶をしてくれた女性は、長い黒髪がとても綺麗な美人さん。スーツがびしっと決まっていて、カッコいい。

 笑顔も柔らかくて、仕事の出来る誠実なお姉さんって感じだ。


「は、はじめまして! あ、アイドルの星空ハルカです。この度はお日柄もよく――」

「うふふ、焦らない焦らない。元気なのは良いことだけど、少し落ち着いてね」

「あっ、ごめんなさい」


 周りを見ると、沢山の大人の人がこっちを見てる。

 瞬間、顔が一気に熱くなる。  

 ううう、何だろう。普段と空気も違うし、考えることも多いしで、いつもより頭がワチャワチャしちゃう。


「ハルカちゃん何か飲む? せっかくだしコーヒーにしてみる?」


 せっかくだし、というのはきっと『せっかくだから勉強していく?』という意味なんだろう。

 うちがカフェを経営していることを考えてくれての言葉。

 私のことを考えてくれているのだと思える言葉だった。


「はい! あ、でも……お金」

「もちろん、私のおごりよ。ハルカちゃんにはリラックスして欲しいしね」

「本当ですか!? えへへ、ありがとうございます」


 礼香さんって優しい人だな。

 お仕事って聞いてちょっと怖かったけど、この人なら信用できるかも。

 

 そうして礼香さんとお話ししていると、一人の女の人がやって来る。


「ごめんなさいね、お待たせしてしまったみたいで」


 年は四十歳くらいかな?

 礼香さんと同じで綺麗な人。でも少し疲れてるような……それでいて目つき鋭くてちょっと怖い。

 礼香さんより一回りくらい年上に見えるけど、礼香さんの方が偉いんだよね? 大人の世界って子供と全然違うんだなぁ……とか考えちゃう。

 

「お久しぶりね、田中さん。こちらがうちの店で働くかもしれないハルカちゃん。ご両親のお店がピンチでね、それをどうにか助けてあげたいって……とても両親想いの優しい女の子なのよ」

「そんな、私なんて……礼香さんの方が優しいです! 私と両親の夢を応援してくれるって、助けてくれるって……私、本当に感謝しているんです!」


 礼香さんは私の言葉に照れながら、お店の責任者だという田中さんを紹介してくれる。

 話に聞くと、礼香さんはお店のオーナーではあるけれど、お店そのものは田中さんに任せていて、あまり経営に口を出したり店に顔を出したりはしないらしい。


「だから、さっき『久しぶり』と言ったんですね」


 自分のお店なのに人に任せるっていうのも、両親とカフェをやっている私にとって不思議な感じがした。

 大人の世界ムズカシイ……。

 

「では、はじめまして星空ハルカさん。店長の田中景子です、よろしく」

「は、はい。宜しくお願いします!」


 少し掠れた声。笑顔を作ってはくれているけど、私をじっと見つめるその瞳に、圧迫されるような感じがした。

 礼香さんと違ってちょっと怖そうな人……ううん、礼香さんがお店を任せている人なんだから、きっとこの人もいい人に違いないよね。


「事情はオーナーから聞いています。ご両親のお店が経営難で、それを助けたいとか。若いのに立派なお嬢さんですね」

「は、はい、ありがとうございます。」

「それに、なるほどあのエターナルスター学園のアイドルだけあって、若くて非常に可愛らしい。これなら大丈夫でしょう。うちの顧客には貴女のように〝純粋な乙女〟が大好きな方が多いですから。きっと、気に入ってもらえると思いますよ」

「純粋な乙女……ですか? 気に入ってもらえる……ですか?」


 言葉としては褒められているような気がするけど、何だか嫌な感じの表現に聞こえてしまうのは気のせい?


「あ、あの、田中さん。それでお仕事というのは……」

「ええ、お客様相手に、お料理を出したり、お酒を作ったり、お話し相手になったりするだけの簡単なお仕事ですよ」

「お、お酒ですか?」

「ふふ、安心なさってください。貴女に飲めと言っているわけではないですから」

「そ、そうですよね」


 お酒という言葉にびっくりしてしまったけど、そうだよね星空カフェで出していないだけで、夜になったらお酒を提供するカフェだって珍しくないし……。


 それに、礼香さんも笑ってるし、そんな変なことじゃないよね?

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