第48話 遠野麗子という女

「もしかしたら、ハルカが危ないかも知れない……」


 カレプリは優しい世界だった。

 だけど、ここは似て非なる世界。

 きっと、この世界には悪が存在する。


 そして、もし私が想像しているような巨悪が存在するというなら、今、ハルカちゃんは、ものすごく危ない状況まで追い詰められているのかもしれない……。


 考えろ。悪意を前提に、最悪の展開を考えるんだ。


 優しい世界の住人である、カレプリのアイドル達では考えないような、思いも寄らないような酷い展開を。酷い人間を。

 そんな奴らが居たとしたら、ハルカちゃんにどんな悪事を働くかを……。


 だって、カレプリの世界に存在しなかった〝悪意〟と戦えるのは、きっと世界の外からやって来た私だけなんだから。


「みんな、聞いて欲しい」


 それは、悪意を知る私だからこそ気付けたかもしれない最悪の可能性。


「これはただの杞憂かもしれない。でも、どうしても不安なの。怖くて仕方がない。だからお願い。皆に手伝って欲しいことがあるの……」 


「もちろん」

「お友達ですもの、当然ですわ」

「美夜ちゃんのお願いをひかりが聞かないわけないでしょ」


 私の願いに、迷うそぶりもなく即答してくれる三人。

 こんなに心強いことはない。

 ならば早速、アイドルは熱いうちに動け、だ!


 残ったいちごパフェをかき込んでからカフェを飛び出すと、私は再び学園長の元へと向かう。

 今度は一人じゃない。大切な仲間を連れて――。


 学園長はまるで私たちが来ることが分かっていたかのように、ゆったりと椅子に座っていた。


「どうしたの、黒帳? また懲りずにお金の話かしら?」

「まさか、だって私は日本に七人しかいないスタープリマの一人。エターナルスター学園の女王、黒帳美夜ですよ」


 私の言葉を聞いた学園長は、その艶やかな唇を釣り上げて嬉しそうに笑う。


「ふふ、目が覚めたようね。瞳の輝きがスタープリマのそれになっているわ。それで、今度は何の用で来たのかした?」


「何の用? アイドルが話すことなんて決まってるじゃないですか――」


 私は最高に黒帳美夜らしい不敵な笑みを浮かべて言い放つ。


「私は、アイドルの話をしに来たんですよ」



 □■


 ――星空カフェを食い物にしようとしている者たちの元締めは、遠野麗子という女だった。


 誰もが息を飲むような美人でありながら、麗子の本職は地上げ屋。

 銀行員である真々田も、麗子が取り仕切るグループのメンバーだった。


 今回の事の始まりは、星空家が教育ローンの申し込みに地元の銀行を訪れたこと。

 その窓口対応を行ったのが真々田だったことが災厄の始まりだった。


 真々田は教育ローンの審査と称して、星空家の経済状況や娘がエターナルスター学園に合格したこと等を聞き出し、その内容を麗子に伝えた。


「上手い具合に絵を描けば、そのカフェを乗っ取れるな」


 それが真々田から連絡を受けた麗子の第一声だった。

 冷酷で感情の一切含まれていない、純然たる計算だけの言葉。


 そうして、ほんの数秒で麗子が練り上げた計画はこうだった。


 ――まず、借金で自分に逆らえない駒を使って星空カフェの悪評を広めさせ、経営状況を悪化させる。

 ――娘の学費と収入の減少で苦しくなってきたところで手下の弁護士を送り込む。

 ――犯人を突き止めて損害賠償請求をした方が良いという弁護士の言葉を鵜吞みにした星空カフェは、賠償能力の一切ない犯人を前に更なる苦境に立たされる。


 ここまでくれば後は、どの地獄に突き落とすか選ぶだけ。

 どちらの地獄が良いか、選ばせるだけ。


 ――店を失うか。

 ――娘が身体で稼ぐか。


 遠野麗子は考えない。


 星空カフェに、誰のどんな想いが込められているか?

 アイドルになるという娘の夢にどれだけの価値があるのか?

 その夢を応援する両親の無限大の愛を。


 大切な居場所を失った人たちが、どんな想いを抱くか……。


 麗子は気にしない。何も感じない。

 そこに意味はない。


 麗子が思うのは「この仕事が上手くいったら、今度はメキシコで本場のタコスでも食べようかしら……」そんな自分の欲望だけ。


 遠野麗子とはそういう女だった。



 □■


 ――美夜とハルカが電話で話した翌日。


 遠野麗子は自宅のマンションで身支度を整えていた。

 都内一等地にそびえる贅沢な高層マンション。麗子自慢の手に入れた大切なお城。


 いくつもの仮面。それを使い分けるための衣装がクローゼットの中に変わらず正しく配置されている。

 その中から目当てのものを選び取り、鏡の前で踊り着替える。


 今日のスタイルは月並みな表現で言うと、誠実で仕事のできる女。

 相手は半信半疑で疑いの心が残った状態で来るのは間違いない。大事なのは信用されること。

 そのためには、まず見た目から。

 見た目を整え、相手を騙すために自分さえ騙す。


「そういえば今日は鼻の通りが良いわね」


 アレルギー性鼻炎持ちの麗子としては珍しい日だった。


 こういう日は良い仕事ができる。

 そう思うと気分が上がる。自然と鼻歌が漏れる。

 ポール・デュカス作曲の交響的スケルツォ『魔法使いの弟子』。

 大好きな遊園地でよく流れる、大好きな曲。

 笑顔の溢れる曲。


 麗子の仕事が終わると大抵の相手は泣き叫んだり、怒り狂って罵声を浴びせて来るから。

 そういう耳障りな雑音も、この曲を聴くとバランスが取れるような気がした。


 そうして準備を終えた麗子は靴を履き部屋を出る。


 今日は星空ハルカをさせる商談がある日だ。

 久々の大きいヤマにやり甲斐すら感じる。

 

「さぁ、善良から奪おう。楽しい略奪の時間だ……」


 そう呟くと、麗子はヒールを鳴らし歩き始めた。


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