第46話 美夜と宮子

「美夜ちゃんって実はハンバーガー大好きだよね。それも駅前にあるクイーンバーガーのクイーンアボカドチーズバーガー」


「な!? え、えええ? ちょ、なんで、それを――」


 たまにしか行かないし、行くときは必ず帽子とサングラスで変装してるのに!


「バレていないと思っている方がどうかと思うよ」

「ですわね。美夜さんったら、大事なステージの前になると、バレバレの変装で必ずクイーンバーガーに行かれるのですもの」


 クレアちゃんとまりあちゃんまで、やれやれだぜ、みたいな声を出す。


「な、ななな、なぁぁぁ!?」

「本気で内緒にするつもりなら、せめて駅前のお店じゃないところにするとか、テイクアウトにするとかあるだろ?」

「でも、そんな風にちょっと抜けてるところも美夜ちゃんの魅力なんです!」


 ひかりちゃんが拳をグッと握って力説する。


「ぬ、抜けてるって!? この私が? 黒帳美夜が!?」

「だって美夜くん、気付いてなかっただろ?」

「三カ月前に美夜さんがクイーンバーガーに行かれた時、私たち三人も変装して隣の席に居たんですよ?」



「…………マジですか?」


 知ってたんだ。ばれてたんだ。


「あはは、何やってんだろ私。エターナルスターの女王たるこの黒帳美夜が、ハンバーガー頬張り女だったってこと、バレバレだったなんて……」

「ハンバーガー頬張り女って……ぷっ」


 くぉら、そこ笑うなクレアちゃん。本当にショックなんだぞこっちは!


「でも、一体いつから……」

「ボクは中一の春には知っていたかな?」

「わたくしもその頃から」

「ひかりも、去年の四月七日、午後13時27分に、美夜ちゃんがクイーンアボカドチーズバーガーとポテトとコーラ注文してたの知ってるよ!」


 なんかひかりちゃんだけ、探偵ばりに細かく把握してるな。


「みんな一年以上も前から!? ていうか、ひかりは詳し過ぎるでしょ!?」

「美夜ちゃんって、まずはコーラを一口飲んで、それでポテトを三分の一くらい食べて、もう一度コーラを飲んでから、ハンバーガーに手を伸ばすんだよね~」

「え、何その情報!? 自分でも知らないんだけど!」


 でも、言われてみるといつもそんなルーティーンを繰り返してる気も……っていうか、ひかりちゃん何回私がハンバーガー食べてるところ見てるの!?


「ね、美夜ちゃん。これで少しは分かってくれた?」


 理解の追い付かない私の手を、ひかりちゃんが両手で握る。


「美夜ちゃんがどうしてそこまで、自分を追い詰めてまでエターナルスターの女王であろうとするかは分からないけど。せめて、ひかりの前でくらいは、肩の力を抜いて自然な美夜ちゃんでいてくれたら、嬉しいな」


「そこは〝ボク達の前〟って言ってほしかったな」

「そうですわ。美夜さんのお友達はひかりさんだけじゃないんですからね!」

「えへへ、ごめんね。二番さん、三番さん」

「「ひどいっ!」」


 私にとって世界がひっくり返るほどの真実をあっけなくバラした三人は、それでも世界は何も変わっていないと示すように、いつものようにじゃれ合って笑っている。

 私は夢でも見ているのかな……。

 だって、おかしいじゃないか、こんなの。


「何で……どうして、私が完璧なアイドルじゃないって、本当はエターナルスターの女王なんて名乗る資格が無いって知ってたのに……どうして皆……」


 私のそんな言葉を聞いた三人は、驚いたように目を見開き顔を合わせる。


「いやいや、ハンバーガー食べてたって美夜くんは美夜くんだろ?」

「そんなことくらいで、私たちの美夜さんを見る目が変わるのだと思われていたのでしたら、そちらの方がよほどショックですわよ」


 そっか、私が完璧に演じていると思っていた黒帳美夜の外面は、ずっと昔にバレてて……あはは、何だろう。滑稽だな私。


「ねえ、美夜ちゃん」

「ひかり……?」

「美夜ちゃんが子供の頃からアイドルを目指して一生懸命だったの、ひかりはずっとそばで見ていたから知ってるよ」

「……」

「理由は分からないけど、沢山のアイドルの才能がある子を見つけては、完璧なふりして、勝負を挑んで、倒して、それでエターナルスター学園に誘ってたよね」

「ひかり……そこまで分かって……」


 でもね、とひかりちゃんは言葉を続ける。


「私たちがアイドルになろうと思ったのは、完璧女王な美夜ちゃんに憧れたからじゃないんだよ。勝負に負けたから、とかじゃないんだよ?」


 そう言って、ひかりちゃんはクレアちゃん、まりあちゃんと顔を見合わせてくすりと笑う。


「みんな、ありのままの、本当の美夜ちゃんのことを好きになったから、美夜ちゃんと一緒にアイドルになりたいって思ったんだよ」


 ね。と、ひかりちゃんが二人に笑いかける。


「そうだよ、美夜くん。僕がアイドルになろうと思ったのは、キミがボクに本当の気持ちを気付かせてくれたから、演技でキミに負けたことなんて関係ないんだ!」


「わたくしも、あの日の美夜さんとひかりさんの歌があったから……。わたくしの知らなかった素敵なアイドルの世界を教えてくれた。そんなお二人と一緒にアイドルをやりたいと思ったのですわ」


「もちろん、ひかりもだよ。バレエで一番とかビリとか関係ない。あの時、美夜ちゃんが私と一緒にアイドルをやりたいって言ってくれたのが、本当に嬉しかったんだよ」


 だから、ひかりはアイドルになったんだよ、とひかりちゃんが大人っぽく笑う。


「ねえ美夜ちゃん。そんなに怖がらないで。私たちは、どんな美夜ちゃんだって大好きなんだから」


 涙が、止めどなく零れる。

 黒帳美夜の仮面ではなくて、こんな女児向けアイドルアニメの限界オタクな黒岩宮子を好きだと言ってくれる人がこんなに居るなんて……。

 でも、そんな残酷な決めつけで、自分を縛り付けていたのは私自身だったんだ。


「そうか、皆、私のこと……私のままでも認めてくれる人がこんなに沢山居てくれたんだ……」


 今わかった。私は美夜様じゃない。美夜様がやったことを何でも完璧にできるわけじゃない。

 でも、美夜様だって私じゃない。

 きっと、おこがましいけれど、美夜様に出来なくて、宮子わたしに出来ることだってあるはずなんだ!


 だから、美夜様のやり方とは違う方法で、私なりの出来ることがあるに違いない。


 例えば、女王である美夜様が自分一人の力でどんな問題でも解決してしまうなら、凡人であるどうすれば良いのか。

 何ができるのか?

 はは、簡単な答えだ。でもそれは、美夜様でなくてはならなかった自分では到底取れなかった答え。


「ごめん、みんな。さっきハルカちゃんのこと心配しないでって、私が何とかするからって言ったの……あれ嘘。正直、手詰まりで苦しい状況なの。だから――」



「お願いみんな。私に力を貸して……」

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