第45話 模倣の限界

 部屋にこもって学園長に言われた言葉を思い返す。


「黒帳美夜らしく――って何なんだろう。だって私は、所詮本物じゃないのに」


 そんな私に、美夜様の何が分かるというのか。

 今までは、原作アニメ通りに美夜様の真似をしてきただけだった。

 ただ真似するだけでも、満足に出来ずに色々と原作と違う展開が多くなってきたのに。


「あの星空ハルカちゃんが、アイドルを辞める?」


 そんなバカげた話があってたまるか。

 でも、こんなアニメに無かった展開を前に、偽物の私では何をどうしたらいいのか分からなかった。

 ここから先は、もう美夜様の足跡は無い。真似は出来ない。

 どう進むか、自分で考えるしかない。


「今、思い返すとハルカちゃんはちゃんと私にSOSを送っていたんだ……」


 星空カフェに行った時、確かな違和感があった。

 素敵なお店、名物のエルダーフラワーのシロップを使ったパンケーキと水出しコーヒーのセット。

 本当に美味しかった。

 それなのにお客さんが異様に少なかった。


「どうして気付けなかったんだろう」


 アニメの美夜様は、すでにあの時、星空家のピンチに気付いていたに違いないのに。


 アニメにも、美夜様が星空カフェに行く話はあった。


「本物の美夜様はその時に気付いたんだ。ハルカちゃんの家がピンチに陥っていることに。だから、カフェの話の直後に、第二十四話『聖夜のアイドル商店街』があったんだ……」


『聖夜のアイドル商店街』は、美夜様の指揮の元、地元の商店街を盛り上げるためエターナルスター学園のアイドル達が、サンタガールに扮装してクリスマスステージを行うという話。


 ストーリーの上では、重要とは言えない箸休め的な回だった。


 その後、エターナルスター学園でのクリスマスステージ回が控えていたので、ファンからは『何でクリスマス回が二回もあるんだよw』と揶揄されたほどだった。


「でも、何でクリスマス回が二回もあったのか、今なら分かる。美夜様は気付いたんだ」


 星空カフェを覆う不穏な空気に。

 だからアイドルと商店街のコラボで、星空カフェを盛り上げる企画を立ち上げたんだ。

 いや、きっとそれだけじゃない。

 美夜様は人知れず、裏で色々と動いていたに違いない。

 そして星空カフェを救ったあとで、何事もなかったかのようにミステリアスに笑う。

 そんな人だから。


「やっぱり、私なんかが美夜様の真似事をするのは無理があったのかな……」


 だって、こんな状況に陥ってさえも、どうしたらいいのか何も思い浮かばない。

 今まではアニメの美夜様の足跡を追うだけで良かったのに。

 それでも、ただそれだけのことだって、必死だったのに……。


「でも、もう世界が変わりすぎて何をどうしたらいいのかが分からないよ」



 ――そんなことを悶々と考えていた時、部屋のドアが勢いよく開け放たれた。


「美夜ちゃん大丈夫!? ひかりがツアーなんかに行ってる間に大変なことになってるって聞いて、飛んで帰ってきたんだよぉぉぉ」

「美夜くん大丈夫かい!? ハルカくんのこと聞いたよ!」

「あれだけ有望な後輩がアイドルを辞めるなんてあってはならないことですわ。学園長は何て言っていたのですか?」


「ひかり、クレア、マリア……どうして……」


 ひかりちゃんは全国ツアーの最中で戻るのは明日のはず。

 クレアちゃんは地方でドラマの撮影。マリアちゃんなんて海外で写真集の撮影だったはずじゃ……。


「みんな、仕事は……?」


「そんな顔して、一番最初に出るのが仕事の心配なんだから美夜くんらしいね」

「皆さん、美夜さんのことが心配で、急いで仕事を終わらせて帰ってきたのですわ」

「そうだよ、美夜ちゃん。でも、心配しないで、アイドルのお仕事は完璧だから。むしろ、美夜ちゃんのために早く帰らないとって考えたら、いつも以上に力が出ちゃったかも?」


 そんな風に言って三人は笑う。

 心配して集まってくれた仲間に涙が零れそうになる。


「で、ハルカ君のこと……何があったか教えて欲しい。ボクらも細かい事情は聞かされていないんだ」

「ハルカちゃんのこと……」


 皆が来てくれたことは正直嬉しい。

 さっきまで黒いモヤに覆われて、何も考えられなくなっていた。その黒いモヤが一気に晴れ渡ったようにすら感じる。


 でも、ハルカちゃんの家の事情を私が勝手に話していいのだろうか……。

 それ以前に、本物の美夜様だったら、こんな時どんな言葉を選ぶだろうか……。


 もうこれ以上、失敗しないように、ちゃんと美夜様の真似をしないと。


「えっと、みんなが心配して来てくれたことは嬉しい。でも大丈夫。みんなは何も心配しないで。ハルカのことは私が何とかして見せるから」


 精一杯の美夜様スマイルを浮かべて、私は不敵に笑う。

 だって、美夜様ならきっとこうするだろうから。


 何か問題が起こっても、仲間には欠片も心配などかけない。悩んでいるところなんて一切見せない。

 それこそ、いつのまに解決したのかも分からないくらいに、颯爽と解決して見せるのだ。

 そうして驚く仲間にミステリアスな笑顔を浮かべて紅茶に口づけをする。

 そうでなくてはならないんだ。


「……だって、私は……私が黒帳美夜なんだから…………」


 でも――。


「無理しなくていいんだよ」


 唐突に抱きしめられる私の身体。


「ひかり……?」

「何年一緒に居ると思ってるの? ひかり、美夜ちゃんのことは全部お見通しなんだからね……」

「無理なんて……私はしてない。いつもの通りだよ」


 だって、私は……。


「私は、黒帳美夜なんだから……どんな無理難題だって、涼しげな顔で乗り越える。誰もが憧れる、エターナルスター学園の女王なんだから……」

「何が涼しげな顔だよ。それが黒帳美夜の前提だとしたら、もうとっくに崩れているじゃないか……」


 クレアちゃんが呆れた顔で、でも優しい瞳で言う。


「崩れてって……」

「美夜さん、今、とてもお辛そうなお顔をしています。見ているこっちも、ギュッと胸を締め付けられるような……」


 マリアちゃんまで。私は、だって……ちゃんと美夜様を演じているはずなのに……演じなければいけないのに……。


「な、そ……それは演技の練習をしていたからで……別に、だから……マリアがそんな気持ちになったのだとしたら……それは、私の役作りが完璧ってことで……」


 言いながら、私を抱きしめるひかりちゃんの身体をゆっくり引き離す。

 震える指がひかりちゃんに気付かれないように。何事も無いようなクールな笑みを浮かべる準備を整えながら。


 なぜなら私は黒帳美夜だから。

 私はエターナルスターの女王だから。

 かぶれ、つくろえ、全力で演じろ。でも――。


 そんな私のおでこを、ひかりちゃんが人差し指で柔らかくツンと押した。


「な、何を――」


 と言いかけて、言葉が詰まる。

 そこに在ったのはひかりちゃんの優しい微笑み。

 潤んだ宝石のような瞳が、私の心を真っ直ぐに見つめている。


「ひかり……どうして、そんな目で私を見るの……?」


 その視線に、心が全て見透かされているような錯覚を覚える。

 嘘だらけの自分の全部が見透かされているようで、感じたことのない不安に心臓がギュッとなる。


「美夜ちゃん。ひかり知ってるんだよ。ずっと、ずっと前から知ってるんだよ」

「知ってるって……なにを……」

「そんなの、本当の美夜ちゃんに決まってるよ」


 さも当然のようにひかりちゃんが言う。

 本当の私って……もしかして、私の前世が陰キャを極めたオタク女だってことが――。


「美夜ちゃんって実はハンバーガー大好きだよね。それも駅前にあるクイーンバーガーのクイーンアボカドチーズバーガー」

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