第44話 星の見えない夜の帳


「それで、お金を工面して欲しいと直談判に来たわけね?」

「はい。学園が管理している私の資産の一部を取り崩すだけでも、ハルカを助けるには十分なはずです。学園のルールは理解しています。でも、大切な後輩を助けるためなんです! どうかお願いします」


 クリスマスライブの翌日。

 眠れぬ夜を過ごした私は、朝一番で学園長室を訪れていた。

 学園長がどこまで事情を知っていたのかは分からないが、ハルカちゃんの現状を伝えた私は、金銭面での援助をしたいと学園長に頭を下げる。


「エターナルスター学園のルールは理解した上で言っているのよね?」

「はい」


 学園独自のルールはいくつもあるが、今言っているのは芸能活動における報酬の管理の話だ。

 エターナルスター学園には、学生でありながら、既に人気アイドルとして活動している生徒も多い。

 そんな彼女たちの報酬は、多い生徒で数千万、トップクラスになれば億に達して場合もある。

 だがそこはまだ学生。

 その報酬は学園が管理し、卒業など来るべきタイミングでのみ本人に返還されるという絶対のルールが存在している。


 アニメでは一切描かれないお金の話。この世界に転生してから初めて知った、新たな設定の一つだった。


「学園のルールは知っています。何故そのルールが必要なのか。私たちアイドルが道を間違えないよう、危険に晒されないようにするためだという事も理解しています。でも――」

「そうね……今回は緊急事態。大切な後輩、未来あるアイドルを助けるため……理には適っているわ」

「じゃ、じゃあ」


 掴めそうになった希望に私は顔を上げる。しかし、


「――でも、お金の話、星空は断ったでしょう?」

「そ、それは……何で知って……」

「知っていたわけじゃないわ。ただ、星空ならそうするだろうな……と思っただけ」


 学園長は、少し思案してから、決断を下した。


「黒帳。学園長としての私の意見は星空と同じ。星空にお金を渡すことはできない」

「な、なんで、どうしてですか!?」


 学園長はあくまで落ち着いた声で、その下から突き上げるような視線に気圧される。


「自分の問題で、黒帳美夜にお金を出してもらって無事に解決。星空ハルカはアイドルを続けることができました。めでたしめでたし?」

「それの何が悪いんですか!?」

「悪くはないわね。普通なら。でも、あなたと星空はアイドルなのよ?」


 何を言っているんだこの人は。

 大切な生徒が。未来ある一人のアイドルが。

 絶望の中、夢を失おうとしているのに、何を悠長なことを言っているんだ……


「私が聞きたいのは、そんな言葉遊びなんかじゃ――」


「アイドルは輝かなければアイドルではない」


 声を荒げた私を遮るように、学園長がぴしゃりと言い放つ。


「黒帳。あなたのそのやり方では、アイドル星空ハルカの輝きを奪ってしまうでしょう」

「私が……ハルカの輝きを奪う……?」

「そして、それは星空だけの問題じゃない。あなたは黒帳美夜なのよ。エターナルスター学園のトップアイドル。日本にたった七人しか存在しないスタープリマの一人なの……」


 そんなの、そんなことは知ってる。

 だから、私が黒帳美夜だからこそ、絶対にハルカちゃんを守らないといけないのに……。


「分かりません。私には、学園長が何を言っているのかが全然分かりません!」

「そう……確かに、あなたがお金を出せば、星空の家族は救われ、星空はアイドルとして復帰できるでしょう……それは間違いない」


 でも――と学園長は言葉を続ける。


「でも、本当にそれでいいの? それがスタープリマ、黒帳美夜のやり方なの?」



「もう一度よく考えなさい。スタープリマ、黒帳美夜とは何者なのかを……。アイドルとは何なのかを……」



 □■


「ああ、ハルカちゃん、お邪魔してるよ」

「あ、真々田さん来ていたんですね」

「ああ、コーヒーご馳走になってるよ。ところで、さっきご両親と話してたんだけどね……ご両親はやはりこの店を売って、ハルカちゃんを学園に復帰させたいと考えているらしいんだ」


 真々田さんは星空カフェの常連で、カフェの経営が苦しくなった今、色々と相談に乗ってもらっている銀行の人。

 悪い口コミを書かれた時も、本当に心配してくれて、

『星空カフェのコーヒーが飲めなくなったらボクも困るからね』なんて笑いながら元気づけようとしてくれる人だった。


「学園に復帰って……そんな。だって、この前は私の言う通りにするって……」

「それだけお父さんもお母さんも、ハルカちゃんのことが大好きで大切で、君の夢を応援しているんだよ」

「そうですか……」


 私は本気で、パパとママの力になりたい、二人の夢を守りたいと思って決断したのに……。

 やっぱり私は守られているだけの子供で、私が二人を守りたいとか思うこと自体が無理な話なのかな。

  

「私は、パパとママの星空カフェを無くしたくない。だから、アイドルはもう諦める覚悟を決めたのに……」


 美夜さんには必ず戻るって言ったけど、きっと間に合わない。

 私が学園を辞めて、家の手伝いを頑張って、客足が戻ってきたとしても……借金を返すには少なくとも五年はかかる。


 だから、私がエターナルスター学園に戻ることは無いだろう。


「でも、ご両親は自分達の夢は諦めてでも、ハルカちゃんに夢を叶えて欲しいって考えているんだよね」

「そ、それは……」


 このままじゃ堂々巡りだ。

 ううん、結局どんなに私が訴えても、子供の私の意見は通らないんだ。

 どうしたって、星空カフェが助かる道は残されていないのかもしれない。


「これはね、相談なんだけど。もしかしたら、お店の借金も返せて、ハルカちゃんがアイドルを辞めなくて済む方法があるかもしれないんだ」

「えっ!?」


 真々田さんは少し迷うように視線を落としてから、言葉を続ける。


「実は、取引先の資産家の方にハルカちゃんの話をしたら、是非とも力になりたいと仰ってくれてね。その方が来週オープンするお店で従業員として働かないかと言ってくれたんだよ」

「わ、私がですか?」

「うんそうなんだ。それでね、もし働いてくれるのなら……ご両親の借金を全額肩代わりしてもいいと――」

「ほ、本当ですか!? あ、でも私年齢が……」


 私はまだ中学生。家族のお店とかなら手伝ったりはしてきたけれど、全く知らない人のお店ってなると……きっと法律とかで駄目な気がする。


「うん、だから言おうかどうしようか迷ってたんだ。でも、少しルール違反になってしまうとしても、ハルカちゃんのような未来あるアイドルの助けになれるなら構わないと……」


 でも、そこまで言った後、真々田はもう一度悩むように、ゆっくり時間を使って眼鏡を軽く持ち上げる。


「ああ、でも、やっぱり嘘を吐くのは良くないかな。もしバレたら問題になってしまうかもだし……だからハルカちゃんが嫌なら、この話は無かったことに――」

「い、いえ! やります! やらせて下さい! パパとママを助けられるなら、アイドルを続けられるなら、私なんだってします!」


 パパとママを助けられる。星空カフェが無くならないで済む。

 それに、また美夜さんの隣で、アイドルを続けられる……。

 

「はは、ご両親のことが本当に大事なんだね。じゃあ、今度の日曜に話だけでも聞きに行ってみないかい? ああ、事情が事情だし、ご両親や学園側には内密に……ね」



 □■


 ハルカと別れた後、真々田は何者かと電話している。


「ええ、話をちらつかせたら飛びついてきました。可愛いもんですよ。アイドルって生き物は、人を疑うって感覚がないんですかね? ……はは、麗子さんには敵いませんね。では、今から銀行に戻ります。いい娘が入りそうだって店にも連絡しておきます。では、また後ほど――」

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