第42話 駆け抜けた果てに
伝説のアイドル、カレイドステラのルウちゃん、眼鏡柔らかイケメンのハルカパパ登場に卒倒しそうになりながらも、何とか波乱のティータイムは終わりを告げた。
「はぁ、DNAの暴力……やばい」
「でぃーえぬ? えー? くるまの話ですか?」
多分、BMWと勘違いしてるハルカちゃん。
面白いから訂正しないで放っておく。
そして、少し流れる無音の時間。そこで私は、ずっと気になっていた、でも中々聞けずにいたあのことについて問いただす。
「――ハルカは、どうしてアイドルになろうと思ったの?」
「……どうしたんですか、急に。……前にも言ったじゃないですか。それは美夜さんに――あの日の黒帳美夜に逢ったからですよ」
「あの日って……それってハンバーガーを頬張って逃げた私? それとも、ライブでのスタープリマの私?」
「どっちもです」
間髪入れずに答えるハルカちゃん。
「あー、でもハンバーガーダッシュ事件の割合の方が大きいかもしれません」
「それはおかしいでしょう!」
あんな姿を見て、アイドルになろうと思った?
訳が分からない。理解できない。
「幻滅しなかったの? スタープリマの黒帳美夜が、ビッグサイズのハンバーガー頬張って、大きな声でツッコミ入れて、年下の女の子相手にアタフタして……欠片もトップアイドルらしくなんて無かったじゃない!」
「そんなことないです。それは……もしかしたら、私が変なのかも知れないですけど……」
窓の外。見える風景よりも、もっとずっと遠くを見つめるようなハルカちゃんの視線。
「杏奈と一緒に美夜さんのライブ映像は何度も観てました。最初は興味無かったんだけど、ずっと見ている内にどんな人なんだろうって、興味が沸いて……」
元々、私のファンだったのはハルカちゃんじゃなくて、その親友の水崎杏奈ちゃんだったからね。
「でも、それは好意的な印象じゃなかったんです。アイドルとしては凄いけど、どこか必死で、目の前のファンじゃない、もっとずっと遠くを見ているような気がして……」
驚いた。見透かされている。
私が何のためにアイドルを、黒帳美夜をやってきたか、この子には分かってしまうんだ。
やっぱり、この子は天性のアイドル。主人公、星空ハルカなんだ。
「歌もダンスも凄いけど、もしかしたら冷たい人なのかなって……でも、全然違ったから」
思い出したようにくすりと笑うハルカちゃん。
「あの日、ハンバーガー頬張ったまま走って逃げだした美夜さんの、慌ててる顔、怒ってる顔、泣きそうな顔、全部がすごく普通の女の子らしくって……ああ、なんて可愛い人なんだろうって思ったんです」
「何でそうなるかなぁ……」
必死で黒帳美夜を、完璧なるエターナルスターの女王を演じてきた私にとって、その答えは理解できない。
私自身の頑張りを否定する恐ろしいモノにさえ感じられた。
「ギャップ萌え? ――ってやつですかね?」
「知らないわよ!」
「それで決心したんです」
星空ハルカの瞳の星が、一段と煌く。
「――ああ、この人がいるアイドルという世界に私も行きたいな。この人の隣に私も立ちたいなって……」
「……私の隣でハンバーガー食べたいってこと?」
「全然違います! まぁ……それはそれで楽しそうですけど……」
少し赤くなって、恥じらうように俯くハルカちゃん。
今、何か恥かしがるような会話があったかな? うーん分からん。
「そっか……ハルカはステージの私よりも、ハンバーガーを食べている私の方が好きなんだ……」
「ス……すきってっ!? そ、そんなストレートな……」
「違うの?」
「い、いえ、違くは……ないですけど……」
「そっか……ありがと」
「?」
私のお礼の言葉に、ハルカちゃんは不思議そうに首をかしげる。
何のお礼だか、そりゃ分からないよね。
ハルカちゃんは、美夜様のマネではない、黒岩宮子本来の人格を好きだって言ってくれたんだよ。
そんな言葉が聞けるとは、夢にも思ってなかった。
美夜様を演じていない自分に価値があるなんて、思いもしなかった。
「ハルカちゃんのお陰で、少しだけ自分を好きになれた、と思う……」
「美夜さん、今なんて――」
「ううん、何でもないわ。今度のクリスマスライブ。私たちの初めての直接対決……絶対に負けないわ、って言ったのよ」
ヨワムシ風を吹き飛ばし、最高の美夜様の笑顔で、最強主人公に宣戦布告する。
完璧に美夜様を演じない自分には何の価値もないと思っていた。
美夜様の足跡を追いかける事ばかりに捕らわれて、自分の好きが見えなくなっていた。
自分は美夜様とは違う。でも、そんな私を好きだと言ってくれる人が居るなら。
例え偽物でも、黒帳美夜じゃない、黒岩宮子らしい未来が掴み取れるんじゃないのか?
少なくとも、負けることを怖がってビクビクしてるのは、黒帳美夜としても、女児向けアイドルアニメ限界オタクたる黒岩宮子としても、大失格だ!
どうして自分がアイドルに憧れたのか、その原点に立ち返る。
私はアイドルの歌と踊りでみんなが笑顔になってくれるのが好きだった。
両親が喜んでくれるのが好きだった。
その原点を忘れていた。
ならやるしかない。
今から私は、転生者でも黒帳美夜を追うものでもない。
たった一人のアイドルだ!
□■
星空カフェからの帰り道。
街の影が傾き始めた夕暮れの道を、二人で並んで歩く。
少し手を伸ばせば、触れ合う距離。
だけど、遠慮するように近づいては離れる二人の手と手。
「美夜さん、あの約束忘れていないですよね?」
「ハルカがスタープリマになれたら、一つだけ願いを聞いて欲しいってやつね」
「約束ですよ。絶対の絶対ですよ。私、クリスマスライブで本気で美夜さんにぶつかりますからね!」
「かかって来ると良いわ。アイドル力の格の違いを見せつけてあげるから」
そうして笑い合う私たちの影だけが、繋がって歩いていた。
□■
それからはがむしゃらにレッスンに励んだ。
勝つとか負けるとかは関係ない。
ただひたすら、ファンのため、自分のため、ハルカちゃんのために……。
アニメ本編では丁度、星空カフェのある商店街が舞台となる、第二十四話『冬のアイドル商店街』のエピソードが入る時期だったが、あの話はシリアス回直前の箸休め的な話。
再現しなくともカレプリの世界に大きな変化は起こらないはずだと考え、私は特訓を優先させた。
――そして、クリスマスライブ当日。
星空ハルカを返り討ちにするため気合満タンの私は、見事アルティメットスプリマアピールを成功させる。
さあ、どうだ主人公!
ここまでやって来てみろ、星空ハルカ!
そんな気持ちで鼻息荒く、ハルカちゃんの登場を待つ。
だがしかし。
クリスマスライブにハルカちゃんが現れることは無かった。
ステージに
「――――なんでよ。なんなんだよ、これ……」
エターナルスター学園、クリスマスライブは、孤独なステージにポツンと立ち尽くす黒帳美夜の優勝で幕を閉じたのだった。
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