第41話 推しの実家でカフェデート

「ハルカの家って、カフェだったのね……お家デートとか言うから、てっきり……」

「てっきり、何ですか、美夜さん? 何か別のことを期待してたとかですか? 例えば、あんなことや、こんなこととか――」


「な、そんなわけないでしょ!」


「そんなわけ……って私、あんなこととか、こんなことしか言ってませんけど……美夜さんどんな想像したんですか?」


「べ、別に何も想像なんて……」


「私のお部屋で二人きりでデートを想像してました?」


「にごしてたくせに結局、言うの!?」


 十二月にしては暖かくて、澄んだ香りがする日。

 私はハルカちゃんに誘われて、彼女の実家である〝星空カフェ〟にやって来ていた。

 テラス席のある、木を基調とした南欧風の小さなカフェ。

 席数はカウンターとテーブルを合わせて二十席にも満たない。

 でも、デザインや小物一つ一つに、センスとこだわりが感じられて、とても落ち着ける空間だった。


 窓際の二人席で向かい合って座る私とハルカちゃん。

 テーブルの上には、水出しアイスコーヒーと、一番人気だという季節のフルーツのパンケーキが並んでいた。


「あ、すごいわ、このパンケーキ美味しい」

「えへへ、そう言ってもらえて嬉しいです。うちのカフェ自慢のパンケーキなんでしょ。企業秘密の隠し味、エルダーフラワーのシロップが決め手なんです♪」

「こらこらこら、企業秘密の隠し味をそんな簡単にバラしちゃダメでしょ」

「あ、そうでした! 美夜さん、今の話は絶対に内緒ですよ」

「……おっふ」


 人差し指を麗しピンクの唇に当てて、上目遣いでしーっと笑うハルカちゃん。

 可愛いいいい。

 仕草も可愛い、表情も可愛い、視線も可愛い、極度に顔が可愛い!

 可愛すぎで、おっふ出ちゃったよ。

 

「このアイスコーヒーも美味しいわ。苦みが少なくて甘い」

「さっすが、美夜さん。違いの分かる女!」

「それ、どこかのCMの台詞でしょ」

「あはは、バレました?」


 どうでもいい話をしている。

 でも、なことが信じられない。油断すると泣きそうになるくらい嬉しい。

 私の未来設計の最大最強の障害でもあるハルカちゃんだけど、最大最強の推しアイドルでもあるから――


「複雑だなぁ……」

「ふぇ、何か言いました?」

「え、いや……ううん、なんでもないわ。それはそうと、こんなに素敵なカフェなのに、そんなに混んでない……あ、いや、静かで居心地がいいなぁ……と思ってね……」

「あ、それは……」


 そんな私の言葉を聞いて、ハルカちゃんの表情が一瞬だけ曇った気がした。

 でも次の瞬間には満面の笑顔に戻って、


「隠れ家的カフェなんですよ」


 と、何の気なしに言うものだから――住宅街の外れの立地だし、そんなものなのかな――と納得する。


「そうなんだ。確かに、静かで素敵なお店ね。心が落ち着くわ」


 期待してたハルカちゃんとのお部屋デートではなかったけれど、これはこれで最高に幸せ、心が跳ねる。


 いやまぁ、お部屋デートじゃないって本当は知ってたんだけどね。

 だって、アニメで観てたからね。ハルカちゃんの実家がカフェだってことも、そろそろ美夜様がハルカちゃんのカフェに行くイベントがある頃合いだってこともさぁ……。

 でも、分かっていたのに、わざわざ新しい勝負下着を身につけて来た、私の乙女心を慰めて欲しい。

 ああ、私最低だなぁ。


「で、どうして今日は誘ってくれたの? もしかして、アイドルとして何か悩みがあるとか?」

「あ、いえ全く。アイドルとしては全くもって順調です!」


 ですよねー。練習だったとはいえ、アルティメットプリマアピール決めた一年生に聞く質問じゃなかったよね。


「そ、そう。じゃあ、どうして……もしかして私のことをご両親に紹介しようとか考えていたの?」


 アイドルの先輩として、娘さんを預かっている身だ。ご両親に挨拶するというのも必要なことだろう。

 だけど、他意のないその言葉に、ハルカちゃんの顔がぼふっと一気に真っ赤に染まる。


「な、ななな、そ、そんなわけないじゃないですか! な、何を言って……美夜さん……だって、そんなのまだ早いですよ……」

「早いって何が? だって、確かに私はまだ学生の身分だけれど、同時にエターナルスター学園の女王なのよ。学園で預かっているアイドル達のご家族に挨拶するのは、特別おかしなことではないと思うのだけれど?」

「女王として……家族に挨拶……? はぁ、そうですか……」

「あ、それ私のコーヒーっ!?」


 ハルカちゃんが私のアイスコーヒーを取り上げて、ストローも使わずに一気に飲み干してしまう。


「な、何でそんな意地悪するの!?」

「意地悪なのは美夜さんの方です!」


 氷をばりぼり砕きながら器用に話すハルカちゃん。


「何でよ!? 私何か変なこと言った!?」

「そ、それは……言えないですけど、意地悪されたんですぅぅ!」

「わけ分からないわよ!?」


 けれど、ハルカちゃんはそっぽを向いたまま、火照った顔を冷やすように、口の中に残った氷を味わっている。

 月並みなセリフだけど、怒った顔も可愛くて困るわぁ。

 と、そこへ一人の女性がやって来る。


「あらあら、駄目じゃないハルカ。先輩のコーヒー全部飲んじゃ」

「あdsfghそpづふぉぱsっ!?」


 ぎゃー、ぎゃー、ぎゃー!!!

 そう言いながらコーヒーのお代わりを持ってきてくれたのは、ハルカちゃんのママ。

 うおおおお、ハルカママ! 伝説のアイドル、カレイドステラのルウちゃん!


 だが、落ち着け私。顔に出すな私! 

 今の時点ではハルカちゃんも自分の母親が元スタープリマだってことを知らないんだから。

 いたって冷静に。冷静。落ち着け。羊を数えろ黒帳美夜。目の前に居るのは、後輩のただの母親だ……って、ふつくしいいいいいいいいいいいい!


 ああー、厨房にハルカちゃんのお父さんも居る。

 あ、こっちに気付いた。「こんにちわ、娘をよろしくね」とか言われちゃった。

 トップアイドルを目の前にしても対応がスマート! 

 大人! オーラが柔らかい! メガネ男子!


 さすが、現役トップアイドルのハートを射止めただけあって、素敵なパパさん過ぎる。料理もメチャ上手だし! 

  

「がふぅ」

「あら、どうしたの? 黒帳さん、大丈夫?」

「いえ、大丈夫です」


 家族まるごとの推し成分が過剰過ぎて。推しを摂取し過ぎて免疫がバグりそうになっただけだから気にしないでくらはい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る