第40話 木登り盗られた
「絶対無理だァァァ。私の卒業公演まで、あと一年以上あるのにハルカちゃんに負けないで過ごす自信が全くない。欠片もない。ミジンコの心臓くらいも無いよォォォォ」
真夜中の自室。私はベッドの上で悶え吠える。
ひかりちゃんがツアーのため部屋を空けているから、悩み放題、叫び放題なわけだけど……こちとら叫びたくて叫んでるわけじゃねえんですよ!。
辛い。辛すぎる。
ハルカちゃんがアルティメットプリマアピールを成功させてから一か月ほどが経った。
私はもう盛大に追い詰められていた。
「アルティメットプリマアピールって……何でよ! それって美夜様とハルカちゃんの最終決戦。美夜様がスタープリマの座をハルカちゃんに譲ることになる、最終回直前で初めて出るアピールじゃん!!!」
時間軸としては、現在から一年以上先の話。
もちろん現時点では、アニメの美夜様も、この私も成功したことがあるはずがない超高難易度アピールだ。
「それを、入学してまだ三カ月足らずのハルカちゃんが成功させちゃうなんて……」
これはもう完全に詰んでいる。
卒業まで一年以上を残している状態で、もうハルカちゃんに追い抜かれてしまった。
しかも、ハルカちゃんはこれからも更にぐんぐんとアイドル力を伸ばしていくだろう。
「そんなハルカちゃんに私ごとき紛い物が太刀打ちできるわけないじゃない……」
ほらね、やっぱり詰んでいる。
サヨナラバイバイ、私のアイドルハーレム人生。
ただいま、おかえり、ブラック企業。道路にうち捨てられたペットボトルのような惨めな人生。
「私がエターナルスターの女王として君臨していられるのは、残りどれくらいなんだろうな……」
月末のクリスマスイブには『エターナルスター・クリスマスライブ』がある。最悪、最短の場合、私はそこでハルカちゃんに負けてしまうかも知れない。
そうなれば、私はスタープリマの座をハルカちゃんに譲り、一介のアイドルとして卒業することになるだろう。
「いや、一介のアイドルに戻るだけならなら、まだいいか……」
スタープリマが入学して半年にも満たない転入生に負けるなんてことになったら、そんなの前代未聞だ。
私はエターナルスター学園の恥晒しとして、アイドル史に永遠に消えない汚名を刻むことになるに違いない。
確かに、今の調子で特訓を続ければ、クリスマスまでに私もアルティメットプリマアピールを成功させることは出来るかもしれない。けれど――。
あの猛烈な勢いで成長する
「あはは、結局私には美夜様の代わりなんて務まらなかったんだな……」
欲なんて持たなければよかった。
この世界でなら私はアイドルに成れるかもしれない、幸せになれるかもしれないなんて……大それた夢なんて抱いたから罰が当たったんだ。
所詮、私は捻じれたペットボトルの黒岩宮子なんだから。
「最初から夢なんて見なければ……そうすれば、こんな絶望味わうこともなかったのにな……」
そんな風に打ちひしがれていると、窓からこんこんと、小石が当たったような音が聞こえた。
風のせいかと思ったけれど、またこんこんと音が鳴る。
「誰か……いるの?」
お化けだったらどうしよう……なんて子供じみた不安を抱えながら、私は恐る恐る窓を開ける。すると、そこに居たのは、
「あ、美夜さん! やっと気づいてくれた!」
真夜中の星空の下、なぜか木に登っているハルカちゃんの姿。
「ちょっ、ハルカちゃん!? 何やって、ここ二階だよ!!!」
「えへへ、だって、何だかどうしても美夜さんに会いたくなっちゃって……」
「だからって木に登る必要ある!?」
「だって下から念を送ってたのに、美夜さん全然気付いてくれないんだもん」
「念で気付くわけないでしょ!」
てか、私に会いたくて念を送ってたって、何それ! なんそれ!? ド天然可愛いが過ぎるわ! あああ、私も会えて嬉しいい!
……ん、ちょっと待って。
夜中・木登り? そのキーワード、知ってる気がする……ってか、それ私がハルカちゃんにやらなきゃいけないイベントじゃん!
アニメ、カレイドプリンセスの第十六話『月夜の香りはいちごパフェ』で、スペシャルプリマアピールを成功させることが出来ずに悩んでいたハルカちゃんの部屋に、美夜様が木に登ってやって来るってやつじゃん!
当時ファンからは『美夜様木登りしてるwww』とか『美夜様ドレスで木登りしたらアカンwww』とか散々いじり愛されたシーンだ。
ハルカちゃん、何で私のやるイベント盗っちゃうの! 私、木に登って悩み相談に乗るの楽しみにしてたのにぃ!
……ってそうか、ハルカちゃんは既にアルティメットプリマアピールに成功してるんだから、悩み相談する理由無いんだもんね。
あはは、渇いた笑いしか出ないぜ。
「ちょ、ハルカ。会いたかったって言ったって……いくらなんでもこんな時間に、木登りまでして……何を考えているのよ!?」
「何を考えて……と言われると、何でですかね? ……私、何を考えていたんでしょう。どう思います美夜さん?」
「知らんわ! っていうか、危ないからすぐに下りなさい。話があるなら私が下に――」
と言い終わる前に、木の枝からベランダに飛び移る天使。
勢い余って、倒れそうになったその身体を咄嗟に抱きとめる。
「ちょ、なっ!?」
抱きとめた瞬間、鼻腔をくすぐるのはトップアイドルの甘酸っぱい香り。
今このまま永眠できたらどれだけ幸せだろう。なんて馬鹿みたいなことを考えてしまう。
「危ないでしょ! アニメの美夜様だって、ここまではしなかったわよ!」
「アニメの美夜様?」
「げふ、えふ、ごほ、何の話かしら? 美夜そんなこと一言も言ってないわ」
「まぁ、いいですけど。そんなことより美夜さん!」
「な、何かしら?」
「たった今、何を考えて美夜さんに会いに来たのか思いつきました!」
「今、思い付いたって、思考の順番が完全に破綻してるじゃない!」
けど、私のツッコミは耳に入っていないのか、ハルカちゃんは私の両手を取り、グイっと顔を近づけ、一息にこう言った。
「美夜さん、今度のおやすみ、私の家に来ませんか? お家デートしましょう!」
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