第39話 究極の新人アイドル
卒業ステージまではハルカちゃんに絶対に負けないと決心したその日から一か月が経った。
私はその間、仕事やレッスンの合間を縫ってはハルカちゃんの身辺調査を進めていた。
『己を知り敵を知れば百戦危うからず』って言うしね……いや、弱点を見つけて脅そうとかじゃないから。
そんなことして勝っても意味ないからね。
でも、ハルカちゃんについて調べているのには、ライブで負けないため以外にも理由があった。
星空ハルカちゃんは、このカレイドプリンセスの世界の主人公。
カレプリの未来を担う、最高のスタープリマになるアイドル。
そんな彼女に、大きな変化があればカレプリの世界そのものに大きな歪みが生まれてしまうのではないか――と考えたからだ。
今まで以上の特訓を自らに課しながらのハルカちゃんへのストーカー行為……じゃなくて身辺調査は、かなり大変だった。
けれど、その調査結果は、結論から言うと安心できるものだった。
ハルカちゃんのプロフィールも行動も交友関係も性格も、アニメの星空ハルカとなんら変化を確認できなかったのだ。
実家はアニメと同じく、エターナルスター学園から徒歩二十分ほどに位置するカフェ。家族構成は両親と三つ年下の弟の四人家族。
幼馴染で親友の水崎杏奈ちゃんとは原作通りに仲良しだ。
近い将来、ハルカちゃん杏奈ちゃんとユニット『トライ☆プリズム』を組むことになる花畑咲ちゃんとも、最初はぶつかり合っていたが今では良好な関係に落ち着いている。
主人公がピンクの場合、青い子と黄色い子と仲良くなるの、女児向けアニメの鉄板だよね……って話が脱線したわ。
ハルカちゃんの成績もアニメの時と大差ないように見えた。
編入試験ではいきなりスペシャルプリマアピールを成功されるという神業をみせたものの、そのアイドル力は一時的だったらしい。
今ではアニメの展開通り通常のプリマアピールを安定して成功させるので精一杯のようだった。
自ら書き上げた調査結果を見つめながら、私は自室でほっと一息つく。
「これは……一安心と言っていいのかな?」
これ以上は調べても何も出てこない気がした。
「あまり身辺調査ばかりしてても、自分のレッスンに支障が出るし、ストーカー……じゃなくてハルカちゃんの調査はもう終わりでいいか……」
□■
『調査はもう終わりでいいか……』
「――とか言ったのに……つい気になって来てしまった」
こそりこそりと二階席の椅子に隠れて練習場を見下ろす。
そこでは練習用のカレイドシステムでプリマアピールの特訓をしている、ハルカ、杏奈、咲ちゃんの姿があった。
三人で話し合いながら、懸命に汗を流す三人。
「あああ、懐かしいなぁ。これはアニメ第九話『プリマアピールは笑顔の中に』のワンシーンだよね」
編入試験で成功したはずのプリマアピールが出せなくなったハルカちゃんのために、杏奈ちゃん、咲ちゃんが特訓に付き合って、その結果三人同時にプリマアピールに成功するという話だ。
アニメのことを思い出しながら、しばらく練習を見守る。
「ハルカちゃん……やはり調子が悪いみたいだ」
集中しきれていない。アイドル力に陰りが見える。
この調子だと杏奈ちゃん、咲ちゃんの方が、先にプリマアピールに成功してしまいそうな……そんな不安すら感じる。
「おかしいなぁ。こっちのハルカちゃんは編入試験でスペシャルプリマアピールまで成功してるのに、一段下のプリマアピールが出せなくなるなんて、変な話だ……」
私がそうつぶやいた時、ハルカちゃんが――
「美夜さんの匂いがする……」
「っ!?」
鼻をクンクンさせて信じられない台詞を呟く。
「あっ、いたーーーー。美夜さーーーーん!」
すると、すぐに私の居場所を察知して、嬉しそうにぶんぶん手を振って来るハルカちゃん。
ってか、何でこの距離で気づいたの!? それより匂いって何よ、犬か、犬なのか!?
だけれども、私の慌てぶりを
集中力が高まっている、アイドル力が膨れ上がっていくのが見ているだけでわかる。
「美夜さーん。私、今から新しいアピールにチャレンジするので、見ていてくださいねーーー」
そして、流れる曲に合わせてハルカちゃんは歌い踊り始める。
上手い。というか、上手すぎる。
さっきまでの不調が嘘のように、笑い飛ばすかのように、完璧以上のパフォーマンスを繰り広げる。
そして――
「いっくよーーーーー。せぇのっ!」
軽快なステップと共に、空高く飛び上がるハルカちゃん。そして――
「アルティメット・ステラ・フォーリンラブ!!!」
AR空間に降り注ぐ、愛の星々。
世界中を恋に落とす、無数のシューティングスター。
その中心で、私だけに向かって蕩けるような笑顔を向けてくれるハルカちゃんに、私は目が離せなくなる。
練習着のジャージ姿のまま、輝く瞳のハルカちゃんが成功させたこのアピールは――スペシャルよりさらに上、究極を冠するアピール。
この私、黒帳美夜ですら成功したことのない、アルティメットプリマアピールを成功させてしまったのだった。
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