第38話 主人公に負けない決意!

「だから、私がエターナルスターの星になれたら……そうしたら、その時に一つだけ、私のお願いを聞いて下さい。……ダメ、ですか?」


 ―― 一つだけお願いを聞いて下さい。


 ハルカちゃんがエターナルスター学園に編入してから、もう一か月経つというのに、その言葉が一向に頭から離れない。


「美夜ちゃん、顔色悪いけど大丈夫?」

「ひかりくんの言う通りだ。最近、根を詰め過ぎじゃないか?」

「そうですわ。練習のし過ぎは、逆効果になりかねないですわよ」


 食堂で朝食を取っている時、ひかりちゃんとクレアちゃん、まりあちゃんが心配して声をかけてくれる。


「全然平気よ。これくらい」


 心配させて申し訳ないけれど、ブラック企業に十年勤め上げ、転生後もアホほど努力してきた私からすれば、これくらいの疲れならまだまだ通常運転のうちだ。

 確かにここ一か月はかなり根を詰めてレッスンに取り組んではいるが、それはのっぴきならない理由があったからだ。


「あれが原因なんだろ? あの噂の編入生、星空ハルカくんからのラブコール」

「ラブコールじゃないわよ。あれは間違いない……下剋上宣言よ」

「そうかなぁ……話に聞いた限り、それってむしろもっと好意的な……」


 何を平和ボケしていらっしゃるのかしら、このイケメンツインテールは。ていうか、可愛らしいアイドルを目指してる割には、口調は変えないんだな、クレアちゃん。

 でも確かに、いきなりは気恥ずかしいよね。

 私も前世の子供の頃、ママからお母さんに呼び方変えるとき、妙に勇気が要ったもんな。

 っと、今はそんな考察している場合じゃなかった。


「絶対に違うわ。同じスタープリマになるって、それって私からスタープリマの座をもぎ取るって意味なのよ!」


 スタープリマの人数は日本にたった七人。

 その人数は基本的に増えることはなく、新たなスタープリマが生まれるのは、現スタープリマがアイドルを引退した時か、ライブ対決で敗北した時のみ。

 なのに、ハルカちゃんは現スタープリマである私に対して『スタープリマになる』と宣言したのだ。

 これが下剋上宣言でなくて何だというのか?


「だって、全力で追いかけるって、スタープリマになるって言われたのよ!? そうしたらお願いを一つだけ聞けって……間違いない。『私みたいな下級生に負けるような、へっぽこ女王はいらないからアイドル引退してくださいよ、ぱいせーん』――とか言われるに違いないわ!」


 そうだ、そう考えればすべてが辻褄つじつまが会う。

 ずっと不思議だったんだ。


『ハルカは、どうしてアイドルになろうと思ったの?』

『それは……美夜さんに、あの日の黒帳美夜に逢ったからです……』


 ハルカちゃんはあの時そう言った。

 あの日、私がハルカちゃんに見せたのは、ハンバーガー女の黒帳美夜と、スタープリマの黒帳美夜。

 ハルカちゃんがどちらの私を指しているかは明白だった。

 何しろ〝なんか面白い先輩〟認定されてるんだもん。そりゃハンバーガー女の方だよねぇ。


 だからハルカちゃんは、あんな失態を見せた私に逢ったからアイドルを目指そうとした。

 最初はわけが分からないと思った。でも、今なら分かる。

 ハルカちゃんはこう思っているのだ。


『ハンバーガー咥えて逃げ出すような情けない黒帳美夜が相手だったら、簡単に女王の座を奪えるに違いない』と。


「だって可愛いって言われたのよ! この黒帳美夜が! 素人同然の後輩に可愛いって!?」


 あの星空ハルカちゃんが、私のことを可愛いって……ふ、ふへへ。う、嬉しい――じゃなくって! 危機感を持ちなさい黒帳美夜!

 アホな失態のせいで、もう尊敬もされていない。完全に舐められているのだ。べろんべろんなのだ。


「へぇー、可愛いって言われたんですか。由々しき事態ですね。私の美夜ちゃんに色目を使うとは穏やかじゃない後輩です。しかも、美夜ちゃん少し嬉しそうですね。事件です? です?」


 ひかりちゃんが、鞄から何やら藁人形のような物を覗かせている。……いや、それは流石に無いか。疲労と心労で幻覚が見えているのかもしれない。


「ハルカくんが、美夜のことを可愛いって言ったのかい? それってさ……」

「そうよ! このエターナルスターの女王、黒帳美夜が舐められているのよ!」


 ハルカちゃんは、こんなカッコ悪い先輩なら、すぐに超えられると思っているのだ!

 打倒、黒帳美夜――それが〝黒帳美夜への憧れ〟を越える、ハルカちゃんがスタープリマを目指すモチベーションとして作用してるってことなのだ!

 だから、ハルカちゃんは編入試験でスペシャルプリマアピールという、アニメを越えるアイドル力を発揮できたに違いない!


「そうだわ。こんな愚かしくも可愛らしい先輩からだったら、スタープリマの座を捥ぎ取るもの時間の問題だと思われているのよ!」

「愚かしくも可愛らしいって……いや、それ以前にそんな意地の悪い子には見えなかったけど?」

「ハルカが意地悪なわけないでしょう!」

「ええっ!? 何だいその突然のハシゴ外しは!?」


 ハルカちゃんが悪意を持って私を追い落そうとするなんてことは、絶対にあり得ない。

 でも、カレプリの主人公である星空ハルカは誰よりもアイドルに真っ直ぐで、アイドルの神に愛された女の子。

 現トップがハンバーガー女だと知ってしまった今、その事実が〝アイドル界にとって良くない〟と感じている可能性は十分にある。


 現状を変える必要がある。自分がハンバーガー女の代わりにアイドル界のトップに立たなければならないと考えているのかもしれない。


 それは善悪を越えた、主人公アイドルとしての天命のようなもの。


「下剋上ですか……?」


 首を傾げるまりあちゃん。


「そのハルカさんという編入生はこの前まで完全素人だったのですよね? でしたら、スタープリマになるには現スタープリマを倒さなければならないということを知らなかったのではないですか?」


 あああ、どうしてこうなったの? 

 いや、あの日、私がハンバーガーダッシュなんかしたせいだってのは分っているんだけども!


「まりあくんの声、全然聞こえてないみたいだね」

「ですわね。話を聞く限りそのお願いとやらも、悪い内容ではなさそうに思われますけど……でも聞こえていないようですわね。相変わらず美夜さんは夢中になると周りが見えなくなるのですね」

「えへへ。思い立ったら猪突猛進が美夜ちゃんの良い所なんです!」


 周りが何やらわちゃわちゃ言っているが、頭を抱えて悩んでいる私の耳には全然入ってこない。


「それにしても不思議な子だね。編入試験でスペシャルプリマアピールを成功させたこともだけど……あの黒帳美夜にまったく物怖じしないなんて。そう言えば、編入試験の時に彼女、美夜に手を振っていたみたいだけど、もしかして元から知り合いなのかい?」


 クレアちゃんが勘繰るように尋ねる。


「……さ、さぁ? ファンに手を振られることくらい普通にあるしぃ?」


 何かあったどころじゃない、大事件があったっての! 

 ぐぬう、おのれハンバーガーめぇぇ! 美味しいけど! 思い出したらまた食べたくなってきたけど! 

 出来ればまた、ハルカちゃんの手作りが良いなぁ!!!


「その後輩ちゃん危険ですね。ひかりとしては今すぐ、出る杭を引き千切りたい気分だなぁ」

「うふふふふ。新たな百合タイフーンの気配ですね」


 ひかりとまりあちゃんが何やら穏やかじゃない独り言をつぶやいている気もするけど、きっと気のせい。間違いない。


「と、とにかく私とハルカちゃんの間には何もないから!」

「ハルカ〝ちゃん〟……ねぇ。ま、そういう事にしておいてあげようか」


 うぐ、つい前世の癖でちゃん付けして呼んでしまった。エターナルスターの女王、黒帳美夜らしからぬ言動だ。

 

「もう、そういう詮索はいいから! 今問題なのは、私に宣戦布告してきた一年生がいて、彼女が、既にスペシャルプリマアピールを成功させているという事実よ!」

「確かにそれは強敵出現って感じでだね。でも、強敵きょうてきと書いて強敵ともと読むとも言うし――」

「『昨日の強敵てきは、今日の百合』とも言いますしね♪」


 いや、何その格言。まりあちゃんのは聞いたことないんだけど?


「そうだね。そういう意味ではボク達もうかうかしていられないな。ここにいる四人がスペシャルプリマアピールを成功させたのは、去年の年越しスペシャルステージだったけど――」

「ハルカさんは、私たちよりも三カ月も早い時点でスペシャルプリマアピールを成功させたということですわね」

「それも素人同然だったのにね。これは事件です? 今はまだ実力が不安定みたいだけど……」

「ボク達のステージまで上がってくるのは時間の問題だろうね」


 やる気満々といった感じで、メラメラとアイドル心を燃やす三人。


 わあ、単純でいいなぁ。女児向けアニメのアイドルって意外と脳筋!

 すごい後輩が入ってきてオラわくわくすっぞ――って思えたら、私も楽だったんだけどなぁ。


 ――ハルカちゃんがエターナルスター学園に来てくれたのは嬉しいけれど、そのハルカちゃんのアイドル力が高すぎるのも、黒帳美夜としては問題なんだよなぁ。


 アニメの美夜様は、自らの卒業ステージで初めて主人公であるハルカちゃんに敗北。そこでスタープリマの座をハルカちゃんに譲り、自らはアイドルを引退。

 その後は、後進の育成のために、エターナルスター学園の学園長へと就任する。


 ――というのが、アニメカレプリ最終回の展開なのだ。 


 そして、それこそが私が目指す理想の人生設計。

 アイドル前線を退いた後も、かっわゆいアイドルに囲まれてうはうはなアイドルハーレムを築くことこそが今の私の野望なのだ。


 なのに、もし私、黒帳美夜が卒業ステージではない、もっと早い段階でハルカちゃんに敗北してしまったとしたら――私は後輩の手によって在学中にスタープリマの座を追われた敗残兵アイドルとなってしまう。

 そうなったが最後、私はブームの過ぎ去った一介の冴えないアイドルとして学園を卒業することとなるだろう。

 その後は学園長に就任など出来るはずもなく、またブラック企業に就職して、職場では『ああ、昔そんなアイドルもいたよね』扱いされて、前世と同じくボロ雑巾のように働かされてしまうんだ。

 テレビで輝いているかつての仲間たちを見ながら、夜な夜な発泡酒で涙を薄める生活をすることになるんだ。


 絶対そうだ……。だって、所詮私は黒岩宮子なんだから。

 手に入れた今だからこそ、何もかも失ってしまうのが恐ろしい。また、前世のような、惨めな人生は絶対に嫌だ。 


 だから覚悟を決めよう。

 ハルカちゃんことは大好きだ。心の底から涎が出るほど愛している。

 でも、それはそれ、これはこれだ。アイドルたちに囲まれた理想の人生設計の為に、時には心を鬼にしなくてはならない。

 少し考えれば答えはすぐに出た。


「簡単な話だよね。私が負けなければいいんだ……」


 アニメの展開通りに、最後の最期、私――黒帳美夜が卒業する最後のライブまで、主人公、星空ハルカに負けなければいいだけなのだ!


「私、星空ハルカには絶対に負けない! 絶対にスタープリマの座は渡さないんだから!」


 グッと拳を握り、気合と共に今後の方針を叫ぶ私。そんな私を横目に、


「うーん、そのハルカくんは、美夜くんを追い落そうとか絶対考えてないと思うんだけど……まぁ、それで美夜くんが今よりもっとやる気を出してくれるなら、ライバルとしては競い甲斐もあるし……勘違いしてる分にはいいのかな?」


「ハルカ×美夜か、美夜×ハルカか……うーん悩ましいですわね」


「どちらにしろ美夜ちゃんの正妻は私だってこと、そのハルカちゃんにはちゃんと理解ってもらわないとだよね~」


 私の固い決心をよそに、口々に好き勝手なことを語る三人。

 でもやはり、決意に燃える私の耳には、三人の声が全く聞こえていないのだった。

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