第37話 夜空と星のランデブー?

 美夜様として、アニメ通りに行動していけば、最終的に私を待っているのはエターナルスター学園の学園長就任。

 愛すべきアイドルに囲まれ、愛すべきアイドルを育て、しかも経済的にもガッツリ勝ち組なセカンドライフが待っている!


 そのためにはまず、原作アニメにある重要イベントは欠かすことなくアニメ通りに遂行しなければならない。


「──というわけで早速、最初のイベント消化のタイミングが来たようね」


 二学期の始業式のあった、その夜――。

 夜に学園内を探索して迷子になってしまったハルカが、薔薇の庭園でお茶をしていた美夜様に偶然出会う。

 月光を背に、紅茶に口づけをした美夜様が『私を追って来なさい。貴女はエターナルスターの星になるのよ』という金言を授ける。

 その言葉を胸にハルカちゃんは、スタープリマを目指す決意をする。


 ――というイベントが起こるはずなのだ。


「アニメ第五話『夜空と星のランデブー』で放送された、ファンなら鼻血必須の名シーンを再現しなくちゃね」


 転生してからずっと美夜様を演じてきた。そして、アニメも円盤に穴が開くほど観た。

 そんな私だからこそ、絶対に再現できると信じている。


 そうして私は自信たっぷりルンルン気分で、ハルカちゃんが迷子になるはずの薔薇の庭園へと向かう。 

 スタッフさんに我が儘を言って、薔薇の庭園まで二人分の紅茶を運んでもらうという準備も万端。

 普段そんな我が儘を言わない私が、急にそんなことを言い出したものだからスタッフさんも面を喰らってたけど、今晩だけだから勘弁してね。

 だって私、夜は白湯しか飲まないからね!

 オシャレで飲んでるわけじゃないから! あまりの激務で内臓に負担かけたくないだけなんだよ。


 ――そして、薔薇の庭園にある丸い屋根付きのテラス席で、私は紅茶を楽しみながらその時を待つ。 


 しばらくすると、無事ハルカちゃんがやって来る。キョロキョロと落ち着きがなく、明らかに迷子になっているのが見て取れた。

 世界線のズレによって、ハルカちゃんがやってこない可能性も考えたが大丈夫だったらしい。


「……アニメの展開に戻そうとする世界からの干渉とかあったりするのかな?」


 とか、考えちゃうのがオタク脳だよねぇ。


「こんな時間に何をしているのかしら? もう、寮生以外は帰宅する時間のはずだけれど?」

「あ、美夜さん! こ、こんばんわです」


 律儀に頭を下げてあいさつするハルカちゃん。

 以前は私のことを〝美夜ちゃん〟と呼んでいたけど、先輩後輩の間柄になった今ではさすがにまずいと改めたのだろう。


「あ、えっと、何でこんな時間にって言うとですね……学園を探検してたら迷子になっちゃって……」 

「……そ、そう、探検……ね。そう、探検か……」

「美夜さん?」


 いやいや探検って何よ? 探検って。もう中学生なのに少年かよ!? 可愛すぎるだろ! 可愛さ余って、可愛さ百倍だよ!


「美夜ちゃん……じゃない、えっと、美夜さんこそ、こんな時間にどうしたんですか?」

「ちょっと星を見にね。それと逢いたいと思ったのよ。ここで待っていれば逢えるような気がした。星空ハルカ……貴女にね」


 優雅に紅茶に口をつけ、軽やかに笑う。

 カレプリの美夜様の台詞の完コピだ! うむ、完璧。部屋で二百回練習してきた甲斐があったというものだ。


「ぷっ……」

「って、何で笑うのよ!」

「ご、ごめんなさい。でも、すごい素敵なシチュエーションなのに、どうしてもハンバーガー頬張って、ダッシュで逃げる美夜さんの姿が頭から離れなくって」


 お、おのれハンバーガァァァぁ!


「あの時の美夜さん、ハムスターみたいでしたね」

「私に頬袋は無いわよ!」


 か、完全にからかわれてる。私ってば舐められてる?


「ハルカ、あなたの性格、何かアニメと全然違くない!?」

「え? アニメ……?」

「いえ、何でもないわ。気にしないで……」


 慌てて口を滑らせてしまった私を、ハルカちゃんが不思議そうな顔で見つめる。

 その純粋な瞳を見て思う。

 そうだ、ハルカちゃんの性格が変わったわけじゃない。変わったのは、だ。

 あのハンバーガーダッシュ事件のせいで、ハルカちゃんにとっての黒帳美夜が『尊敬するべき大先輩』から『なんか面白い先輩』に格下げになっているのだ!


「ハルカは私のこと、何だか面白い先輩とでも思っているんじゃないでしょうね?」

「はい、思ってます!」


 めっちゃ笑顔で即答されてしまった。

 こういう言い方をすれば謝って来るかと思ったのに、ここまでいい笑顔で返されると逆に何も言えなくなっちゃう。しかも、いい笑顔で可愛すぎるし。

 どうやらライブでスタープリマとしての私を見せても、ハンバーガー女の汚名は拭えなかったらしい。


「はぁ……面白い先輩か……」

「あ、でも面白いだけじゃなくって、すっごく可愛いです!」

「か、可愛いって……」


 トップアイドルの先輩に向かって、可愛いだなんて……完全に舐めプされてるわ……。


 だが、そこでふと気づく。

 

 ──ハルカちゃんが私に憧れを抱いていないのだとしたら、どうしてハルカちゃんはアイドルになろうと思ったのだろうか?


 アニメの星空ハルカは、黒帳美夜に憧れて、その背中に追いつきたくて、その一心でスタープリマへの階段を駆け上っていく。

〝黒帳美夜への憧れ〟こそが、星空ハルカのアイドルとしてのモチベーションだった。

 でも、目の前のハルカちゃんには、その〝黒帳美夜への憧れ〟が欠けている。少なくとも私にはそう見える。


 だとしたら、私の目の前にいる、この星空ハルカは――


 ――どうしてアイドルになろうと思ったのだろう?

 ――どうしてあれだけのパフォーマンスを発揮できたのだろう?


「ハルカちゃ――ハルカは、どうしてアイドルになろうと思ったの?」

「それは……美夜さんに、あの日の黒帳美夜に逢ったからです……」

「あの日って……それって――」

 

 ――ハンバーガーダッシュ事件の私?

 ――それとも、スタープリマとしての私?


 そう問いかけようとした私の声を、弾けるように身を乗り出したハルカちゃんの声がかき消した。


「そうだ! 私、ちゃんと約束守りましたよ」

「へ? 何、急に……約束って?」

「美夜さんのハンバーガーダッシュ事件を誰にも話さないっていう」

「ああ、そのこと……」


 なんだ、無意識のうちに結婚の約束でもしたかと思って期待しちゃったじゃないか。


「家族にも、親友の杏奈にも話さないで我慢するの大変だったんですから! もう、ここ。喉の先、舌の先、鼻の頭まで出かかってたんですからね!」

「それはもう口から出てるじゃない!」

「い、いえ、誰にも言ってませんよ? おうちの庭に穴を掘って、大声で叫んだくらいです」

「王様の耳はロバの耳!?」 


 そのうち叫んだ声が、町中に響き渡ったりしないだろうな。


「と、とにかく、大変だったんです! だから、私からも美夜さんにひとつお願いしてもいいですか?」


 もじもじしながら恥ずかしそうな上目遣いで私を貫くハルカちゃん。

 お願いなんていくらでも聞いちゃう! とりあえず通帳と実印持ってくればいい!? ――という心の声を押さえつけ、私はあくまで冷静に答える。

 

「ええ、聞くだけなら」

「お願いと言っても今すぐの話じゃないんです。絶対ってわけでもなくて……ただ、私がある条件を達成したら、その時に一つだけ、私のお願いを何でも一つ聞いて欲しいんです……」


 ある条件。お願いを一つか。


「抽象的なお願いね。で、願いを叶えるためにハルカが達成する条件というのは、何?」

「はい。私、美夜さんを全力で追いかけます。それで美夜さんと同じスタープリマ――エターナルスターの星になってみせます!」

「え、ちょ、全力で追いかけるとか、エターナルスターの星になるとかって……」


 何でもうその台詞が出てくるの!?

 その台詞って、美夜様がハルカちゃんに『私を追って来なさい。貴女はエターナルスターの星になるのよ』って台詞の後に、その答えとして出てくる言葉じゃなかったっけ?


 美夜様の言葉によって、ハルカちゃんはスタープリマを目指す決意をするのが原作の流れなのに……私何も言ってないのに、先にスタープリマになります宣言されちゃったんだけど!?

 肝心要かんじんかなめの名台詞を奪われ呆然としている私に、ハルカちゃんは、それでも美しく輝く月を背負って言葉を続けた。


「だから、私がエターナルスターの星になれたら……そうしたら、その時に一つだけ、私のお願いを聞いて下さい。……ダメ、ですか?」


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